※レビュー部分はネタバレあり
運動靴と赤い金魚。
タイトルを聞いただけでふっとイメージが浮かんでどういう映画かな?と思わせる、センスのあるタイトル。
運動靴と赤い金魚はイラン映画。普段目にすることのない、イランの庶民の暮らしぶりや生活が垣間見えて、その観点からも興味が持てる映画。
この映画は、イランのとある郊外に住む小学生の兄アリと妹ザーラのお話。
アリはある日、お使いに出かけた先で妹の靴をなくしてしまう。両親に失くしたことを言えないアリは妹と相談して交代で靴を履くことを決める。それからというもの、アリは待ち合わせ場所でザーラから靴を受け取っては学校に駆け込む毎日。
果たして靴は?助け合って暮らす家族の物語。
とても地味な印象の作品だが、日常のちょっとしたことをうまく捉えて観客を惹きつけるところに監督のセンスと腕の良さを感じる。
また、幼い兄妹の目線を通すからこそ、純粋に、ストレートに社会の現実が伝わってくる。派手さはないが、忘れられない心に残る作品。
【映画データ】
運動靴と赤い金魚
1997年・イラン
モントリオール国際映画祭グランプリ他3部門受賞
アカデミー賞外国語映画賞ノミネート
監督 マジッド・マシディ
主演 ミル・ファロク・ハシェミアン,バハレ・セッデキ,アミル・ナージ
★イランの文化
イランはイスラム教に従った生活が求められる政教一致の社会。
学校でも男女別の授業が徹底していて、女子は午前、男子は午後から授業になっているようです。また、赤い金魚はイランの正月のお祝い物。正月が過ぎるとそのまま家で飼う家庭が多いとか。
また、砂糖はモスクで使われる宗教物で、キリスト教の聖餅にあたるようなもの。アリの父はこの砂糖をまとめて預かる任にあるようです。
さらに、イランの女の子はあの幼い年齢でもパンプスに近い形の靴を好んで履くようです。スニーカーは男の子の履物で貧しい家庭にはとても高価なようです。
映画:運動靴と赤い金魚 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり
★映画のメッセージ
イランでは情報統制が厳しく、表現の自由がないことを考えると、監督が子供を主人公に映画を撮る理由が分かります。子供向けの映画ということにすれば、多少は無理がきくからでしょう。
それでも、教訓たらしい子供用映画にならないのは監督の手腕。
ラストシーン。池に座ってマラソンで疲れた足を冷やす少年。周りに寄ってくる金魚は頑張ったアリを祝福しているかのようです。
夜には父から靴が兄妹にプレゼントされることでしょう。アリが妹に結果を報告するシーンの直前にちらっと写される父の自転車の荷台には2人分の靴が…。
3位になりたかったのになれないところがとってもリアル。
人生は全てが自分の思い通りにはならないけれど、それでもがんばった自分は決して無駄ではなくて、いつか願いはかなう。
このメッセージは大人になったときにも忘れたくない素朴な思いです。
この監督にはぜひ、いつか、一度は表現規制の枠にとらわれない作品を撮ってもらいたいと思います。
子供を主役に据えて規制をかいくぐる手法で撮影された作品は他にも中国の作品などに見受けられる手法の一つとして、確立した感がありますが、どうしてもそこには限界があって、一つ抜けきらない感が否めません。
★映画の映すもの
終始淡々としたタッチながら写される風景はときに残酷な社会の格差を示しています。
父とアリが庭仕事を探しに都会へ出かけるシーン。
狭い路地が入り組むアリたちの家の周辺とはけた違いに大きな道路。その道路沿いにそびえたつ高層マンション。それを過ぎると、広々とした敷地に立派な門構えの大きな家々。嫌みなく移ろう映像にはまぎれのない、埋められない格差があります。
そして、妹のザーラが自分の靴を履く少女の家に行くシーン。物陰から眺める彼女の眼に映ったのは、盲目の少女の父。
もしかしたらザーラの家より貧しい家庭なのかもしれません。自分の両親をみて、その苦労を知っているザーラはついに、靴を返してほしいということはできませんでした。
さらに、マラソン大会出走まえにちらっとアリが視線を他の子供たちに向けます。そこには、お金持ちたちの子供の姿。スポーツウェアに運動靴を身につけ、母親が同行して来ています。
それでも、アリの家族には新しい希望があります。それは子供たち。
アリの父は格差に対してそんなに疑問を持っていないのではないでしょうか。
貧富の差を当然のことと受け止めていて、何の疑問もなく毎日を過ごしているようにみえます。アリの父が教育がないために、庭仕事のセールストークも満足にできず、宗教に熱心な人に描かれているのは偶然ではないでしょう。
彼はまぎれもなく、旧世代に属する人なのです。
でもアリはそうではない。少なくとも、今回の経験を通して、自分の置かれている境遇とアリのような運動靴ごときに苦労しない子供たちとの差を身にしみて感じたはずです。
新しい世代は教育を受けていて、新しい価値観を持てる世代。社会に何か問題があるとしたら、その存在をまず認識しないことにはまず、問題は解決しません。
そして、疑問を持つには学問の力が必要。
アリやザーラは勉強を熱心にしているし、実際にも優秀みたいですね。今の境遇を抜け出す力がきっと二人にはあるはず。
社会を変えるのはそんな子供たちの世代なのです。そして、アリを祝福する赤い金魚は、アリだけではない、頑張る子供たち皆の前途を祝福しているのです。
社会変革を願う、監督の隠れたメッセージがここにあるような気がします。