※レビュー部分はネタバレあり
ガタカが描くのは近未来の世界。ここではすべての人間が「適正者」と「不適正者」に分類される。
主人公のヴィンセントにはイーサン・ホーク。不適正者と判定されたが故の葛藤を繊細に演じ切っている。ジェロームにはジュード・ロウ。
解説とレビューではヴィンセント・フリーマンとジェローム・ユージーン・モローの心の軌跡を、そして、なぜジェローム・ユージーン・モローがあの結末を選んだのかまで明かしていきます。
彼があの方法でラストを迎えたことにも理由があるのです。
ガタカの世界。
ここでは人間は生まれたときに、寿命・将来かかる病気についてまで遺伝子分析により解析される。
そこで、遺伝子検査をし、劣勢遺伝子を排除して「適正者」の赤ちゃんを人工的に生み出す方法が一般化していた。
主人公ヴィンセント・フリーマンは「不適正者」である。寿命は30年と言われていた。彼の幼いころからの夢は宇宙飛行士となって宇宙に行くことである。
しかし、不適正者にはそのチャンスは皆無であった。
ある日、ヴィンセントは、適正者のサンプルを用いて就職時の検査をごまかして、適正者として働く道があることを知り、ブローカーに接触する。
赴いた先には車いすの青年ジェローム・ユージーン・モローがいた。彼は世界トップクラスの水泳選手でありながら自殺未遂により下半身不随になってしまったのだ。そこで、自分のサンプルを提供するかわりに、自分の生活を保障してほしいというのであった。
ガタカは実に見応えのある映画だ。特に、ラストシーン、将来を約束されていたジェロームが失ったと感じている自分の将来と遺伝子を提供しているヴィンセントに対する心情には心に迫るものがある。
ヴィンセントとジェロームの信頼と友情もガタカのテーマになっているといえるだろう。
【映画データ】
1997年 アメリカ
監督 アンドリュー・ニコル
出演 イーサン・ホーク、ジュード・ロウ、ユマ・サーマン
映画:ガタカ 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり
ガタカという映画に込められるのは人間の可能性への賛歌。
身分の決められた階層社会で、遺伝子分析だけでは単純に分類出来ない人間の可能性を描いています。
★ヴィンセント・フリーマン
ヴィンセントは「不適正者」。それでも「適正者」の弟アントンに海で遠泳の勝負を挑み、勝利するヴィンセント。2回目の挑戦もやはり彼の勝利でした。
ガタカ宇宙局にジェロームとして入り、念願のタイタン探査船乗組員に選抜されます。そして、打上げ。彼は宇宙飛行士としてタイタンへ飛び立って行きました。
彼が示すのは人間にある可能性の存在です。
それでも、多くの「不適正者」は「適正者」と競争なんてしません。
赤ん坊から成長し、社会に出た人間は年を取るほど、自分にはめた既成の枠を超えた行動を取らなくなります。
社会生活のなかで、他者と自分とを比較し、観察するうちに、自分の能力や性格、もしかしたら可能性までも、こうだ、と自分で自分に決めつけてしまうからです。
前述の海での遠泳競争の場面でいえば、客観的に弟の適正者としての力と自分の不適正者としての力を頭の中で比べて結果を客観的に予測してしまいます。
つまりは、やる前から負けるのが分かっている、と思うからです。
それに、競争して勝ったところで、何か得るところがあるでしょうか。
不適正者の就ける職種、できる生活は限られています。たとえ勝負に勝ったところで、適正者でない以上、適正者と同じスタートラインにすら立てません。
こうして、自分ができることを制限していきます。やる前からあきらめが先に立ち、ああなるかもしれない、こうなるかもしれない、とやった後のことを考え過ぎてしまいます。
そして、多数のオプションを頭に思い浮かべて最後に思うのです。
失敗したら、それまでの努力が無駄じゃないか、と。
そんな努力を徒労に終わらせるくらいなら、やらないでおこう、と。
そして、いつしか、挑戦する、ということに憶病になっていきます。
ヴィンセントは不適正者で、心臓が弱く、寿命は30年。
彼には弟との水泳競争も、宇宙飛行士への夢も、挑戦する前にあきらめる要素はたくさんありました。
そして、仮に、それらの挑戦をあきらめたとしても、誰も彼を責めないでしょう。彼は不適正者なのだから仕方ない。不適正者に生まれたのは父と母の過ちのせいなのだから。
誰もヴィンセントを非難しないでしょう。
それに心臓の弱さがあります。適正者と同じ運動やトレーニングをしたら心臓は持たないかもしれない。寿命より早く死んでしまうかもしれない。
無理をして不適正者が死んだとしても、社会は冷たい反応をするでしょう。不適正者のくせに、無理なことをするからだ、なんて愚かなやつだ、たださえ短い寿命を縮める真似をするなんて、と。
それでも、彼には夢がありました。
幼いころから憧れてきた、宇宙飛行士になって宇宙へ行くという夢。
ものごころがついて、自分が「不適正者」だと分かってもあきらめなかった粘り強さ。そして、ただ夢見るだけではなく、それを実行する行動力。
加えて、自分より優れた適正者に卑屈になることなく挑む挑戦心。
ヴィンセントには夢とそれを追いかけるバイタリティがありました。その力は彼の運命を変え、「不適正者」の壁を超えさせたのです。
★ジェローム・ユージーン・モロー
一流水泳選手として適正者の中でもトップクラスの能力を持つジェローム。それでも自殺未遂を起こし、自ら下半身不随になってしまった彼。
ジェロームはヴィンセントに自分の夢を見ていました。
ジェロームは「適正者」で、そのなかでもトップクラスの遺伝子を持つ人間です。しかし、自分の能力を持て余した末に下半身不随の今の生活。
彼は少なからず、今の自分に劣等感や失望感を覚えていたに違いありません。
そこにやってきたヴィンセントという青年。ほぼ同年代のこの青年は「不適格者」。それでも、夢を語り、その夢のために適正者と偽ってまで、宇宙飛行士になる夢を果たしたいといいます。
宇宙飛行士になるという夢はヴィンセントの夢です。しかし、彼が夢のために挑戦する姿はジェロームに何かをもたらしたはずです。
ジェロームも下半身不随となった今、不適正者の彼と同じ立場にあります。もはや「適正者」としての仕事に就くことはかなわないどころか、車いすが手放せない不自由な生活。彼の自分に対するいらだちは随所で表現されています。
ジェロームは自分の人生を失敗したものと感じていました。でもヴィンセントなら自分に代わって人生をやり直してくれるかもしれない、ジェロームはそう確信するようになっていたのです。
ヴィンセントと暮らした長い年月。最後に、ジェロームはヴィンセントの体を借りて宇宙飛行士の夢を見、宇宙にいく夢を実現したのです。
もう、彼に思い残すことはありませんでした。ヴィンセントなら、これからもジェロームとして彼の理想の人生を歩んでくれるでしょう。
ヴィンセントが完全にジェロームとして生きていけるように、冷蔵庫に大量のサンプルをストックしました。そして、彼は死を選んだのです。
このときも、ジェロームは考えます。死体が残ってはヴィンセントの正体がバレる、と。それで、死体が残らないよう、残ったとしても、身元調査が難しくなるように焼却炉に入って、焼身自殺をしたのでした。
本当にヴィンセントのことを大事な友人と思っていたことが分かる、切ないラストです。
★挑戦する心
知らず知らずのうちに自分の中に限界を決め、壁を作ってしまうことがあります。いつしか、そこにあるのが当たり前になってしまった超えられない壁。
でも、その壁は以外に簡単に壊すことができます。なぜなら、そこに壁を作ったのは限界を決めた自分自身だからです。
そこに壁がある理由を他人のせいにすることもできるでしょう。自分の育った環境や、周囲の人間。ああだったら、こうだったら、と何かと条件を付けてしまうこともできます。
しかし、自分に挑戦しなければ、努力する気概も生まれません。
自分の夢を実現するために、挑戦し続けたヴィンセントに学ぶものは多かったと思います。
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