※レビュー部分はネタバレあり
第2次世界大戦中に行われた、連合軍史上最大の失敗。
それは対独戦線で行われたマーケット・ガーデン作戦。
この作戦が成功すれば、1945年ではなく、1944年中にドイツを降伏させられるはずだった。
遠すぎた橋の解説とレビューでは、マーケット・ガーデン作戦を丸ごと解説します。70年代の映画は見る気がしない方も、こういう戦いがあったことを知る参考にしてください。
↑壁に描かれていたナチスドイツのハーケンクロイツ.
『史上最大の作戦』のコーネリアス・ライアン著のドキュメンタリー『遥かなる橋』を原作にした『遠すぎた橋』は、連合軍最大の汚点といわれるマーケット・ガーデン作戦の顛末を史実に忠実に描いている。
連合軍だけでなく、ドイツ軍からみたマーケット・ガーデン作戦の視点も加わっていることにも注目したい。
ドキュメンタリー・ドラマとしては超大作の部類に入る。
何よりも、『遠すぎた橋』の実写シーンは大迫力。
今ならCGになるところを実写で撮っているので、質感や存在感がとてもリアルだ。ほとんど全てを実写で撮った貴重な映画である。
特に空挺部隊の降下シーンは本当にすごい。実際にNATOや某国空挺部隊の協力を得たとか。
飛行機からばらばらと人間が飛び降り、パラシュートが開いて、降りてくるさまは大量のクラゲがふわふわと空に漂うようだ。
これだけの空挺部隊の降下シーンは『遠すぎた橋』以外の映画では見たことがない。映画再現を超えて記録映画の域に達しているので必見。
保存されていなかった当時の軍用機などは実際に作って撮影したという。
CG全盛の今からするとあり得ないほどの労力が実物再現に投じられている。3機作って鏡で反射させ、6機に見せるなど、いろいろと工夫したようだ。
↑第2次世界大戦の碑.大戦は1939-1945まで続いた.
BBC製作ということで期待して観たが、十分期待に添うものだった。
『遠すぎた橋』では、連合軍空挺部隊が3か所に分かれて展開し、さらに、地上軍が加わる。連合軍だけで4つの視点がある。そこにドイツ軍の視点も加わるので、複雑になりやすい。
今、どこの地点を見ているのか、場面転換が分かりにくい部分がないわけではないが、実際にあったエピソードも盛り込みつつ、連合軍の側とドイツ軍の側をそれぞれ描いてそつなくまとめている。
『バンド・オブ・ブラザーズ』を見た人は多少、『遠すぎた橋』が見やすいかもしれない。
『遠すぎた橋』のマーケット・ガーデン作戦には『バンド・オブ・ブラザーズ』の主役、米第101空挺師団も参加している。
『バンド・オブ・ブラザーズ』で、第2次世界大戦の対独戦線の歴史に興味を持った人は面白く感じるだろう。
『遠すぎた橋』は『バンド・オブ・ブラザーズ』と同様に、元兵士の証言や各種資料に基づく、史実を脚色したストーリーになっている。
一方で、『遠すぎた橋』は第3者の視点で客観的に、物語が進行する。この点で、個々の兵士の主観で物語が進行し、よりドラマティックに演出されているバンド・オブ・ブラザーズとはかなり趣が違う。
【映画データ】
遠すぎた橋
1977年 イギリス,フランス
監督 リチャード・アッテンボロー
出演 ロバート・レッドフォード、ジーン・ハックマン、マイケル・ケイン、ショーン・コネリー、アンソニー・ホプキンス
遠すぎた橋 解説・レビュー
※以下、ネタバレあり
始めにマーケット・ガーデン作戦を解説し、後半で『遠すぎた橋』のレビューをしていきます。
1,遠すぎた橋・ マーケット・ガーデン作戦-解説-
★マーケット・ガーデン作戦決行前の戦況
1944年8月にノルマンディー上陸を果たした連合軍は8月25日にパリを奪還、9月4日にはベルギーの一部を占領した。
このような急激な進撃により、連合軍の補給線は進撃に追いつかなくなり、戦線はオランダ南部で膠着状態に陥っていた。
★マーケット・ガーデン作戦決行に至った状況
連合軍の英軍モントゴメリー将軍は前線の停滞を打開すべく、オランダを一気に解放する作戦―マーケット・ガーデン作戦―をアイゼンハワー連合軍総司令官に提案する。
マーケット・ガーデン作戦が成功すると、一気に前線がドイツ国境に迫り、1944年のうちに戦争が終結する可能性が見込めた。
最初連合軍内では反対の声が強かったが、ソ連の先のベルリン解放を危惧する声や折からのドイツ軍のロンドン空襲により、早期の戦争終結の必要が要求されはじめた。
そして、作戦の決行に許可が下りた。
↑オランダに今も残る地下壕.
★マーケット・ガーデン作戦の全容
マーケット・ガーデン作戦の総指揮をとるモントゴメリー将軍の作戦は以下の通り。
なお、当時の連合軍の前線はオランダ南部。
1, ドイツ国境近くにある、ドイツ占領下オランダ領の橋を3地点に分けて押さえる。実行するのは空挺部隊。(下図の灰色部分)
2, 空挺部隊の降下と同時に地上部隊がオランダ南部の連合軍前線から北部へ向けて地上から進撃を開始する。(下図の赤線の四角)
1, で点を押さえ、2, で線を押さえて2・3日で一気にドイツ国境まで戦線を前進させる。点と線の作戦である。
成功すればクリスマス前にドイツを降伏させられる作戦になるはずだった。
★マーケット・ガーデン作戦の欠点
欠点1, 点を押さえる空挺部隊は重装備ができない。
地上部隊の進撃が遅滞すると敵地の真ん中に包囲される形で降下する空挺部隊は、補給もなく軽装備でドイツの装甲師団を相手にしなければならない可能性がある。
欠点2, 空挺部隊降下先のドイツ軍の装備・兵員の質を読み誤っていた。
モントゴメリー将軍は「老人と少年兵しかいない」として、装甲師団がいるとの情報を破棄してしまっていた。
欠点3, 英第1空挺師団の空挺部隊の降下先が攻略目標である橋から16kmも離れたところであった。
よって、兵員を輸送するトラック等をともに降下させる予定であったがこれに失敗。橋の到達までに時間がかかった。
★一日ごとの戦況
攻略地点3点の位置関係は、南から、アイントホーフェン(米第101空挺師団)、ナイメーヘン(米第82空挺師団)、アルンヘム(英第1空挺師団)の順。
従って、連合軍前線の一番遠いアルンヘムは一番危険な攻略地点だった。
主にアルンヘムの悲劇が映画では主軸になる。
以下は南から北に向かって3つの攻略地点の一日ごとの戦況を示していきます。
1日目
・アイントホーフェン
米第101空挺師団がドイツ軍に橋を爆破され、その他の橋も爆破されて確保に失敗。
・ナイメーヘン
ドイツ軍の反撃により米第82空挺師団は橋の確保に失敗。
・アルンヘム(アーネムともいう)
橋の北岸16kmの地点に英第1空挺師団が降下したが、橋までの輸送手段である軍用トラックが輸送失敗。徒歩で移動することに。
フロスト中佐の大隊のみが橋の北岸にたどり着いたものの、残り2大隊とは分断され、無線も故障で連絡がつかずに師団が2分するかたちでそれぞれ孤立。
師団長はフロスト中佐の元に直接やってくるが、帰路にドイツ軍に見つかりそうになり、民家に隠れて2日行方不明になる。
・ドイツ軍
ドイツ軍は突然降下してきた連合軍の意図が分からず混乱。自分を捕虜にするため降下してきたと判断するモーデルと事態を正確に把握したビットリッヒの見解が対立。橋の破壊を禁じるモーデルに反してビットリッヒは橋の爆破を命じる。
2日目
・アイントホーフェン
米第101空挺師団と前線から北上してきた地上部隊(イギリス第30師団)が合流。爆破された橋を深夜に工兵を使ってかけ直す。
この時点で連合軍は1地点確保。残るは2地点。
・ナイメーヘン
米第82空挺師団がドイツ軍の反撃をしのぎつつ、第2陣の降下を成功させる。橋はまだドイツ軍支配下。
・アルンヘム
作戦第1日目にナイメーヘンに偵察に行っていたドイツSS偵察部隊がアルンヘムの本隊に戻ろうと橋を渡ってきたところをフロスト中佐大隊により壊滅させられる。
英軍第1空挺師団の降下第2陣が降下地点の爆撃を受けてしまい、失敗。多くの兵員が死亡し、物資はドイツ軍に渡った。
↑再掲します.3攻略地点の位置関係を把握すると一日ごとの戦況が分かりやすいです.
3日目
・ナイメーヘン
ボートを使った渡河により橋を奪取することが決定。ボートの到着を待つことに。
・アルンヘム
孤立したフロスト中佐の大隊に疲労の影が。ドイツ側からの降伏勧告を受けるまでになる。
また、ポーランドの第1独立パラシュート旅団が大幅に遅れて降下するが、降下地点をドイツ軍に猛攻撃され、多くが戦死、物資はドイツに奪われた。
しかも、英軍とは川を挟んでおり、合流できず、孤立。
4日目
・ナイメーヘン
米第82師団は彼らと協力して橋を奪取。
その後、進撃を主張する米82師団と英第30師団は対立するが、英側の主張が通り、アルンヘムへの進撃を断念、翌日に延期される。
この時点で、連合軍は攻略地点の2点を確保。残るはアルンヘムのみ。
・アルンヘム
フロスト中佐は持ちこたえ続け、無線機も復活。
しかし、ナイメーヘンからの英第30師団の進撃がなくなった今となってはもはやフロスト中佐の大隊の救出はいかんともしがたいものになっていた。
5日目。
・アルンヘム
英第1空挺師団フロスト中佐の大隊がドイツ軍に降伏。
ドイツ軍と連合軍の力は均衡し膠着状態に。
6日目。
・アルンヘム
ポーランド軍第一独立パラシュート軍団は孤立する英第1空挺師団の応援をするべく渡河を強行し、失敗。52名の渡河にとどまる。
7日目。膠着状態。
8日目。
作戦の終了が決定される。ナイメーヘンが前線として固定され、アルンヘムの英第1空挺師団は撤退命令を受ける。
9日目。
アルンヘムの英第1空挺師団は撤退を開始するが2000名の撤退完了にとどまり、300名は取り残される。彼らはドイツ軍に投降する。
約1万名のうち、脱出できたのは2千名にとどまった。
↑ドイツ空軍機のボディペイント.
2, 遠すぎた橋-レビュー-
★歴史は繰り返す
歴史から学ばないものは同じ過ちを繰り返すといいます。
『遠すぎた橋』から学ぶべきことはなんでしょう?
モントゴメリ将軍は無能だということでしょうか?
次は失敗しないような作戦を立てるということでしょうか?
それとも、モントゴメリ将軍がしたように、事前の情報無視をしないということでしょうか。
ブッシュ政権下のイラク戦争でも、大量破壊兵器がイラクにないという開戦前の国防総省の報告書をラムズフェルド国防長官が黙殺したということがありました。
しかしながら、この遠すぎる橋が伝えていることはもっと大きなことであるような気がしました。
それは、戦争というものの実体です。
↑ドイツ軍ヘルメット.
実際、この遠すぎる橋で、連合軍とナチスドイツ軍がやっていたことは橋を取るか取らないかということです。
今は、平和に皆が行き来しているであろう橋。そのために何人の犠牲が出たことか。
戦争というものは実際に前線に出る兵士は当然、真剣です。
『遠すぎる橋』という戦争映画を安全な場所から観ているだけでも、真剣にフロスト中佐の不運を嘆き、救いはないか、と本気で考え、フロスト中佐の勇気に感銘を受けます。
けれど、客観的に、冷静に考えたら、一つの橋の取り合いでしかありません。
戦争というものを考えたとき、実は、橋の取り合いの積み重なりのようなものが戦争だったりするわけです。
それが塹壕の取り合いだったり、軍艦の沈め合いだったり、形は違うかもしれないけれど、戦争の現実を一つ一つ細かく要素に分解していくと見える戦争というものの実体。
↑第2次世界大戦のドイツ軍メダル
戦争は絶対にだめだとか、戦争は人間同士の愚かな戦いだとか、そういうことを言うつもりはありません。
そういう価値判断的なことは一つ、脇に置いて、戦争というものが何なのか、サバイバル・ゲームではない戦争という現実を知ろうとすること。
その上で、戦争というものの使い方を考えていくという姿勢が必要でしょう。
実際、主要国といわれる経済・軍事大国の先進国が、先進国同士で戦っていない現在は人類の、誇るべき貴重な歴史です。
2つの世界大戦がほとんど間をおかずに繰り返されたことを考えれば、奇跡的な事実です。
こういう時代に戦争をしていない国に生まれることのできた者は、戦争が身近ではないというその幸運を無駄にしない努力を最低限はするべきでしょう。
今の平和を「奇跡」で終わらせないためにも。
それが「歴史を知るということ」であると思うのです。
最後に。
「過去を遠くまで振り返ることができれば、未来もそれだけ遠くまで見渡せるだろう」
by Sir Winston Leonard Spencer-Churchill
タグ:遠すぎた橋 アンソニー・ホプキンス