※レビュー部分はネタバレあり
アーノルド・シュワルツネッガーの代表作。
カリフォルニア知事選に出馬した際にも引き合いに出されたほどの根強い人気を誇る映画、それがトータル・リコールだ。
近年では『マイノリティ・リポート』(2002)や『ペイチェック 消された記憶』(2003)でも題材にされた、人工的な記憶操作を扱う作品。
近年の作品に比べてもかなり高い完成度。
若きシュワルツネッガーのアクションは完璧に決まっているし、ストーリーも秀逸で、SFアクションの傑作にあげられるトータル・リコールだが、実は一筋縄ではいかないラストになっている。
トータル・リコールのラストの意味の全ては「解説とレビュー」で解説する。
近未来の地球。
ダグ・クエイドは建設現場で働く作業員で、結婚して8年になる妻のローリーと共に幸せに暮らす毎日。
一方で、ダグは火星に強い憧れを持っていて、毎日のように火星へ行く夢を見ていた。
この時代には、火星と地球との往来は自由にでき、多くの人間が火星へ移住している。
その一方で、火星では酸素が薄く、建物の外には安易に出られないという環境にあった。それに、連日流れるニュースでは火星での暴動の様子が写されるありさま。
それでも火星への憧れを捨てられないダグは火星への移住をローリーに提案する。しかし、妻はそれを拒絶するのだった。
いつものように出勤するダグ。途中の電車内でふと見かけたリコール社の広告には「記憶を売ります」とのうたい文句が。
移住できないのであればせめて火星に行った記憶だけでも欲しいと思ったダグは、同僚のハリーに反対されながらも、リコール社へ行くことを決心していた。
【映画データ】
トータル・リコール
1990年・アメリカ
監督 ポール・バーホーベン
出演 アーノルド・シュワルツネッガー,シャロン・ストーン,レイチェル・ティコティン
映画:トータル・リコール 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり
★トータル・リコールのラストの秘密。
では、トータル・リコールのラストの秘密を解説して行きましょう。
リコール社では移植される記憶にいろいろなオプションが選べることが分かります。
ダグは秘密諜報員として火星へ赴き、現地で出会う女性はローリーと正反対のタイプを選択。
ところが、リコール社では記憶の移植に失敗。
慌てたトータル社はダグからトータル社の記憶を削除した後、ダグを帰すことにします。
目覚めたダグが直後にいたのはタクシー車内。
なぜ、乗ったかもわからないダグには不可解な出来事が次々に起こります。
同僚ハリーとその仲間の襲撃、妻のローリーにも命を狙われる始末。
そして自分と同じ顔を持つハウザーという工作員からのメッセージを受け取り、火星への逃避行と火星での大活躍。
さて、ラストのホワイトアウトに気がついたならば、トータル・リコールが単なるアクション映画ではないことに気が付いたはず。
ラストのホワイトアウト、リコール社という記憶を売る会社の存在、そして、火星でダグの滞在先のホテルにリコール社の社長が「これは夢なんだ」とダグを説得に来ているという三点から、何らかの形で夢と現実が入り混じっていたと考えるべきです。
なので、全て現実というのはありえないですね。
★トータル・リコールのラスト。その2つの選択肢。
では、トータル・リコールのどこからが夢なのでしょう?
ラストの選択肢を2つ提供します。
1, リコール社の記憶の移植が成功し、全てが椅子の上で見た夢。
2, タクシーに乗せられた後、諜報員としての潜在記憶が見せた夢。
どちらが真実でしょうか。順番に見ていきましょう。
↑ハッブル宇宙望遠鏡の捉えた火星.映り方によっては火星のイメージの赤さがありますね.NASA提供.
★ラストの選択肢1, リコール社が記憶の移植に成功したパターン。
ダグがリコール社の椅子の上で突然わめきだしたのも夢。
トータル社の社員が、記憶の移植に失敗したといって慌てていたシーンも夢で、まだダグに記憶の移植をしていないと言っているのも夢。
よって、ダグが火星に行った記憶をダグが持っているというトータル社の社員の発言も夢。
トータル・リコール社で選択したタイプの女性がそのまま火星で出会った女性メリーナに現れていますし、そもそも夢自体がダグの選択した諜報員という設定です。
同僚のハリーがダグを襲撃するのは、現実世界でハリーがリコール社へ行くことを反対していたことの裏返しでしょう。
夢の中でダグは諜報員という設定なので、普通の建設現場労働者であるダグがたった一人で襲撃者の全てをノックダウンできたのです。
ここ、最初、騙されてました。ダグをシュワちゃんが演じているので、ついつい、ダグが強いのは当たり前に思ってしまったんですが、トータル・リコールでのシュワちゃんの設定は単なる建設作業員という設定なんですよね。
そして、ロリーが裏切るのはダグがリコール社で選んだ女性のタイプがロリーと正反対だからです。
夢のヒロインはメリーナでなくてはならないので、現実にダグの妻であるロリーにはヒロインの座を降りてもらう必要がありました。
夢から醒めたダグは見事、火星での冒険譚という記憶を手に入れられたということになります。
でもここで疑問が。
なぜ、リコール社の社長はわざわざダグの元に夢から覚めるように説得に来たのでしょうか。
記憶の移植がうまくいっているのであれば、そのまま、ダグの憧れであった火星での夢を見させておけばいいはずです。
それとも、リコール社で記憶の移植を失敗したと慌てたように、これも夢にリアリティを持たせるためのリコール社の仕掛けでしょうか。
本当にダグは単なる建設作業員だったのでしょうか。もしかしたら、本当に火星に行ったことがあるのでは?
ここで、後者のタクシーの中からが夢という考え方を検討する価値が出てきます。
★ラストの選択肢2, タクシーに乗せられた後、諜報員としての潜在記憶が見せた夢
リコール社はダグに既に火星に行った記憶があることを発見し、記憶の移植に失敗しました。そして、リコール社に来た記憶まで消してダグをタクシーに乗せます。
けれども、ダグの記憶の奥底にあった火星の記憶が蘇り、火星の夢を見たというわけです。
ダグがリコール社で諜報員の設定を選び、好みの女性が黒髪・筋肉質だったのも、火星での過去の潜在記憶がダグにそういう選択を無意識にさせたから。
そもそも、火星に行く夢を頻繁に見ること自体が、実際にダグが火星にいたことがあったからです。
ダグは火星で、自分がハウザーであることを否定していましたが、あれは間違いです。
諜報員ハウザーが潜入活動のためにダグ・クエイドを名乗り、そのためにダグになったハウザー自身からハウザーの記憶を消したのです。
夢の中とはいえ、ダグはハウザーとしての自分を否定しました。
夢から醒めたダグはその夢を現実に自分が体験したものとして記憶するでしょう。
従って、実際に諜報員ハウザーがダグの真実の姿であったとしても、ハウザーに戻ることはないでしょうね。
諜報員ハウザーとしての自分は完全に失われ、ダグ・クエイドはこれからもダグ・クエイドとして生きることになるのです。
わざわざリコール社の社長がダグの元にやってきたのはダグが本当に諜報員であったから。
ダグがその真実を知る前に、ダグ・クエイドとしての生活に連れ戻すためです。
↑地球は青かった! NASA提供.
★トータル・リコールのタイトルの意味、そしてラストの選択。
さて、どちらのラストが正しいでしょうか。
1, リコール社の記憶の移植が成功し、全てが椅子の上で見た夢。または2, タクシーに乗せられた後、諜報員としての潜在記憶が見せた夢。
いつもならば、どちらのラストが妥当か、結論を出すのですが、トータル・リコールでは、どちらでも筋が通ります。
では、トータル・リコールというタイトルの意味を考えてみましょう。
トータル・リコールというタイトルには「全ての記憶力を回復する」「完全な記憶を取り戻す」という意味があります。
となると、諜報員ハウザーの記憶を取り戻すことのできた2,のラストが正しいか、と思ってしまいます。
しかし、リコール社は人工記憶を元からあった記憶であるかのように移植するのが仕事です。なので、目を覚ました者はあたかも記憶がとっくの昔からあったように記憶するでしょう。
結局、トータル・リコールというタイトルはラストの秘密を完全には教えてくれません。
こういう場合には、映画のメッセージを考えてみます。
映画トータル・リコールの問題意識はどこにあるのでしょうか。
結論、トータル・リコールが一貫して提起するのは、「自分という存在の不確実性」です。そこにある、と思っているはずの自分が実は自分でないかもしれないという恐怖。
さて、このメッセージをより強く伝えるラストは1と2のどちらでしょうか。
それは2のラストです。
2のラストでは、ダグは自分がハウザーではないと宣言します。
そこで、彼は真実の姿である諜報員ハウザーという自分を恐らく永遠に失ってしまいます。
ダグとして生きるか、ハウザーとして生きるか、どちらを自分として選択するかは自分次第。
毎日いろいろなことに追いまわされて時間が過ぎていくなかでつい見失う自分という存在。誰が本当の自分なのでしょうか。
自分という存在を動かしているのは、本当に自分自身でしょうか。それとも他人?
人間は他人という存在を通して、自分という存在を確認します。
しかし、それも度をすぎれば、他人に流されるだけ。水溜まりに浮かんだ落ち葉のように、風に吹かれて右へ左へ。
自分という存在は、実はとても不確実な存在なのです。
★トータル・リコールのラストの奥深い秘密。
もっといえば、トータル・リコールの出来事は最初から最後まで余さず夢の中の出来事なのかもしれません。
ラストのホワイトアウトの後で夢から目覚めた人物は私たち観客が目にしてないダグ・クエイドという人物なのかも。
思えば、トータル・リコールの冒頭はダグが火星にいる夢を見ているところから始まりました。
私たちが見ていたのはダグ・クエイドの夢=トータル・リコールという映画そのもの、というわけです。
↑地球と火星の大きさ比べ.火星は結構ミニサイズですね.NASA提供.
考えれば考えるほど分からなくなるラストですが、唯一確かなことは自分という存在の不確実性というトータル・リコールのメッセージです。
でも、これは悪いことばかりではないのです。
「自分という存在の不確実性」は、自分を見失ってしまう理由にもなりますが、いつでも自分を変えられるということでもあります。
自分の生き方を決めるのは自分。
自分が嫌になるときは、嫌になった自分を捨ててしまいましょう。
その先にあるのは、今までにない、新しい自分なのです。