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25時

映画:25時 あらすじ

※レビュー部分はネタバレあり

 25時。それは刑務所に収監される前に許された最後の時間数。
 残された25時に何をするべきか。収監の準備をするか、それとも自殺か、逃亡か。

 エドワード・ノートンが文句なしの演技を見せる、社会派スパイク・リー監督の映画『25時』。
 フィリップ・シーモア・ホフマン、バリー・ペッパーがエドワード・ノートン演じる麻薬密売人モンティの親友役で出演。
 いずれも演技派俳優で固められた、実に安心感のある布陣、これが25時の醍醐味だ。
 
 一方で、25時は犯罪者の自業自得を描く映画であるようにも見える。悪いことをした奴が捕まるのは当たり前、そして刑務所に行くという代償を払わされたとしてもそれは自己責任だ。
 それとも、25時はドラッグ犯罪をやった者の人間関係の断絶と破滅を描く映画だろうか?

 25時の解説とレビューでは、25時の描くものとは何かについて考えてみます。

25時


 早朝のニューヨーク。
 朝もやのかかった水辺を眺めながら、ぼんやりと犬とベンチに座る一人の男。

 話しかけて来た男がドラッグの取引を持ちかけるが、彼はそっけなく断る。

 彼の名はモンティ。麻薬密売の容疑で刑が確定し、すでに刑務所への収監が決まっている。

 収監されるために出頭するまでに残された時間は25時間。明日の朝には刑務所に出頭することになっている。
 25時間のうちにすべきことを済ませなくてはならない。

 麻薬密売組織のボスに最後の挨拶をし、今回の逮捕劇の顛末を報告して始末をつける必要がある。
 そして最後に幼いころからの親友たちとクラブで朝まで過ごすのだ。
 何より、一体だれがモンティを警察に売ったのか。商売敵か、組織のメンバーか、それとも恋人のナチュレルか。

 その場しのぎの大金が入る麻薬密売はうまい商売だった。
 とりあえず、欲しいものは手に入ったし、目の前の幸せに目がくらんでいた。
 もう後悔しても遅いのだ。あと25時間でモンティは全てを失う…。



【映画データ】
25時
2002年・アメリカ
監督 スパイク・リー
出演 エドワード・ノートン、フィリップ・シーモア・ホフマン、バリー・ペッパー



25時


映画:25時 解説とレビュー

※以下、ネタバレあり

 25時は、エドワード・ノートンに注目するきっかけになった映画でした。
 バリー・ペッパーやフィリップ・シーモア・ホフマンもそれぞれ紹介したくなるいい映画にたくさん出ていますね。

★25時が描くもの。

 25時は刑務所に収監直前の麻薬密売人モンティが主人公。
 モンティが刑務所に行くのは自業自得。

 でも、本当にそれだけなのでしょうか?

 見て見ぬふりをしてきたのは周りの人間たち。親友のフランクとジェイコブ。父親のジェイムズ。恋人のナチュレル。

 友人たちはモンティの麻薬密売に大学時代から気がつきながらも、見て見ぬふりをしてきました。幼いころからお互いを知っている親友なのに。

 そして、父親もモンティを止められませんでした。
 酒浸りの挙句、退職後に持つことのできた今の店。いったい誰のお金で買ったのでしょうか。

 ナチュレルはモンティと同じ家に暮らしながら、モンティの麻薬密売を止められませんでした。特に仕事をするわけでもなく、綺麗な家に住み、お洒落をしてクラブに出かける彼女の暮らしは誰のおかげなのでしょうか。

 皆がみな、モンティのすぐ近くにいました。

 友人、父親、恋人…モンティを取り巻くあらゆる人々。彼らはモンティを止めることのできる距離にいたはずでした。
 誰一人として麻薬の密売をモンティにやめさせることのできなかったという事実がそこにはあります。

 それぞれがそれぞれの立場でモンティを愛し、大切に思っていたはずなのに。
 友人たちは最後の日にモンティの誘いに応じてクラブに来ますし、ナチュレルもモンティを警察に密告したわけではない。彼らは彼らなりにモンティを大切な存在と考えていました。

 それでも、やはり、麻薬取引で金を生む商売をやめさせる、そこまではモンティに踏み込むことができなかったのです。                               
25時


★25時の友情。それは、フランクとモンティの友情。

 今回の逮捕、そして刑務所行きはモンティの自業自得。それは否定できません。それでも親友のフランクは彼を止めなくてはならなかった。いずれはこうなることは分かっていました。

 もちろん、モンティは自分のしたこと、自分の犯罪行為にに責任を持つべきですし、フランクには、モンティの麻薬密売を止める「義務」はありません。 
 
 しかし、25時で描かれるモンティとフランクの関係は「義務がある」、「ない」という話ではありません。

 彼らの友情は、モンティの麻薬密売を止めさせるべきだった、その責任が自分にはあった、とフランクを後悔させるほど固い絆であったということ、その前提を理解しなくてはなりません。

 フランクはモンティの幼友達で、早くからモンティの行為に気が付いていた一人でした。自分は止める責任がある立場にいたはず、と思いながらもそれを認めたくないフランク。

 「モンティのしたことだから、モンティの責任だ」、と口に出してジェイコブに言うのはその表れ。もう出所後のモンティとは今までのようには付き合えないとも。

25時

 
 フランクは金融業界で華々しく働く優秀な男です。上司を出し抜いて大儲けするシーンが冒頭にありますが、彼は仕事に対しても自分に対しても非常に高いものを求める性格。

 彼の生き方は自分を貶めることを良しとはしません。仕事は順調、実績も挙げて、バリバリ働く優秀な金融マンが友人の問題でつまづくなんて。

 フランクはモンティに意見をしなかった自分、意見できなかった自分を認めたくありませんでした。

 それに、本当に意見ができなかったのか。
 美しい恋人ナチュレルがいて、麻薬を売って大金を稼ぎながら気ままに暮らすモンティにどこかやっかみを感じてはいなかったのか。

 内心、モンティが捕まっても自業自得さ、と思っていた自分はいなかったか。
 
 それでも、フランクは最後に泣きます。

 「この顔では刑務所に行けない、顔を殴れ」というモンティ。
 しかし、フランクは本音ではモンティに対して責任を感じているので、とてもモンティを殴ることなどできません。

 そこで、モンティはフランクを挑発します。
 これはモンティの優しさでした。
 フランクが責任を感じ、今までのことを悔いているのを分かった上での行動だったのです。

 フランクは、挑発に乗り、怒りにまかせてモンティを殴ります。
 そうすることで、フランクは自分の殻を破り、心に秘めた自責の念を吐き出すことができたのです。

 モンティに対して、正直な気持ちが言えなかったフランクが堰を切ったように流した涙。
 それは、モンティの麻薬の密売を止められなかったことへの言葉にならない謝罪でした。

25時


 モンティの逮捕で全てが変わり、モンティともう同じ関係ではいられないと言っていたフランク。

 本当にモンティに対する友情が深かったからこそ、フランクは強がってみせたのです。
 プライドの高いフランクにとって、親友を救えなかった自分と言うのは到底認められない、認めてはいけない存在だったからです。

 モンティと今までと同じ関係でいられなくなるとフランクが思ったのは、フランクとモンティの関係が変わるからではありません。

 そうではなくて、自責の念に苦しめられるフランク自身が変わってしまうから。

 フランクがモンティに本当の感情を伝えた今は、改めて強い絆が二人の間にできたはず。

 モンティの顔の殴打傷はその友情の証でもあるのです。

 本当に親友だと言える人との間には紆余曲折があるものです。けんかすることだって、気持ちがすれ違うことだってあります。
 そのときに、2人の間を修復する過程が一番大事。このときを乗り越えれば、前以上に強い絆が2人の間にできるのです。

25時


★ついに来る25時、そしてモンティの選ぶ道。

 父は息子に逃げてほしい、父が息子に望む人生を歩んでほしい、と25時の最後になって逃亡を勧めます。

 今まで自分が息子に頼って生きて来た自覚と息子の人生を文字通り「見殺し」にした自責の念と共に。今回のモンティの逮捕と刑務所への収監という問題に限らず、自分がモンティのいい父親ではなかった、という思いも父には強くあるようです。

 せめて、息子に選択肢を与えてやりたい、モンティに対する罪の意識が父に逃亡を勧めさせるのでしょう。

 叶わぬ夢と分かっていても、逃亡という選択肢は父と息子に幻想を抱かせます。

 手に入れられたはずの幸せ、こうでありたかったという願い。

 息子を逃がせば父は息子には永遠に会えなくなります。
 父親は家族を失って孤独な人生を送ることになるでしょう。

 その代償を払ってもいい、息子を逃がしてやりたいという父の思い。その思いは真実に違いありません。

 それでもモンティは刑務所へ。刑期を務めることになるでしょう。逃亡は夢物語に過ぎません。

25時


 この親子の唯一の救いは、2人の絆が確かなこと。

 モンティとその父の会話の端々からは、過去に起きたさまざまな問題をモンティと父が乗り越えて来たことが窺われます。過去に何があったにせよ、その問題は2人を完璧に引き離すには至らなかったようです。

 刑務所という社会から隔絶した世界に頼りにする者もなく飛び込むことになるモンティにとって、刑務所の外に確かな関係があるということは想像以上に自分の強さとなります。

 親子の絆は、友情とともに、モンティの支えになるに違いありません。

 ここまでくれば、既に明らかなこと。25時という映画の主眼は社会から隔離される男と分断される人間関係、そしてもしかしたらあり得るかもしれない彼らの絆の再生を描くことにあるのです。
 
 そして、モンティは刑務所内で生き抜くに違いありません。

 友人に殴りつけられ、顔面に傷を負ったモンティは、辛くても刑務所で生き抜く意思は固まっているはず。
 自殺という選択肢はとうに消えています。

 必死に生きようとするやつは助けてやると言ってひん死の犬を助けたモンティ。

 今は彼が必死に生きようとしている。今は彼自身があの時の「犬」なのです。

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