※レビュー部分はネタバレあり
ウィル・スミスが息子と共演したことでも話題になった、「幸せのちから」。
可愛いだけじゃない、幼いけれどしっかり者の息子クリストファー役をウィル・スミスの愛息子ジェイデンが好演している。
ウィル・スミスの演じるクリス・ガードナーは実在の人物。
クリスは高給をもらうため、医療機器の販売員から投資会社に転職したいと奮闘する。
実際のクリスは最終的に自分で投資会社を設立するまでになる。
「幸せのちから」はクリスの波乱万丈な人生の転機を描いた実話である。

1981年、サンフランシスコに住む、クリス・ガードナー。
彼は、借家に妻と息子の3人で暮らしている。
クリスの仕事は医療機器の販売業。この医療機器は最新型のスキャナーで、これを売れば家計は安定、幸せに暮らせるという計画だった。
しかし、商売というものはそんなに簡単なものではない。
高価な医療機器は全く売れず、ごくごくたまに売れる程度。たちまち家計は火の車になってしまった。
妻も日夜働きに行き、クリスも必死に医療機器の売り込みを続けるが、全く売れない。
ついには、家賃にも困る暮らしぶり。
そんなある日、医療機器を持って売り込みをしていたクリスはある男に出会う。
高価なスーツに身を包み、高級車に乗っているその男性。
クリスとは全く違う、まさに"成功した人間"のイメージにぴったり。
クリスは「あなたのようになるにはどうしたらいいのでしょう?」と彼に尋ねるのだった。
【映画データ】
幸せのちから
2006年・アメリカ
監督 ガブリエレ・ムッチーノ
出演 ウィル・スミス,ジェイデン・クリストファー・サイア・スミス

映画:幸せのちから 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり
★ついてないクリス・ガードナー
クリスが決めたのは証券会社で働くということ。
そのためには、まず、多数の応募者の中からインターンとして研修コースに入れてもらう。そして、本採用されるには、そのインターン生から選抜されなければならない。
クリスは持ち前の人当たりの良さと頭の回転の速さで、証券会社の人事課長トゥイッスルに猛烈にアピールする。
トゥイッスルがルービックキューブをいじっているのを見たクリスは、つい最近自宅で見かけたばかりのルービックキューブを行き当たりばったりで完成させ、トゥイッスルを驚かせます。
そのかいもあってか、クリスはインターン生として研修に入ることに。
しかし、悲惨なのは私生活。
妻には愛想を尽かされて出ていかれ、妻に息子を取られそうになりますが、どうにか息子を連れ戻します。
その上、家賃を払ってもらえない家主からはクリスに最後通告が。
クリスはついに家を失いました。しばらくは息子とモーテルに宿泊しますが、そこにも不運が巡って来ます。
税金の取り立てで、虎の子の貯金を差し押さえられ、ついに文無しに。
彼はモーテルからも追い出されました。

インターン生には給料は出ませんし、医療機器は相変わらずの売れ行きです。
その医療機器も盗まれたり取り返したり。
以前、クリスは腹いせ半分に、昔の借金(たった14ドル!1600円くらい)を取り立てに友人の元に行ったため、友人を頼ろうとしても、門前払いを食らいます。
ここまでくると、頼れるところはホームレスのためのシェルターしかありません。
とことん、ついていないクリスですが、彼には「幸せのちから」がありました。
邦題は幸せの"力"、ではなく、幸せの「ちから」。
なぜひらがななのでしょう?
それはこの「幸せのちから」が金や物などの目に見える物的なものではなくて、「心のちから」、ソフトなパワーのことだから。
それを表現するために、ひらがなが使われています。
では、具体的にクリスにはどのような幸せのちからがあったのでしょうか?

★クリス・ガードナーの2つの「幸せのちから」。まずはひとつめ。
クリスには2つの幸せのちからがありました。
ひとつは、愛する息子クリストファー。
息子がいるということは、その分、仕事を早く切り上げなければなりません。
早く切り上げるということは、インターン生との競争では不利なこと。
働く時間は短ければ、勧誘の電話をかけられる本数が減るので、投資案件の成約可能性も低くなってしまいます。
しかし、ベッドで息子を寝かせるにはシェルターを頼るしかないので、やはり早く帰らねばなりません。シェルターの部屋は先着順なので、少なくとも17時までには並ばなければならないのです。
しかし、息子がいるということはクリスには負担ではありませんでした。
息子の存在はクリスの希望であり、明日も働くパワーの源。
息子のために、休み時間を返上して働き、寸暇を惜しんで証券会社で電話の受話器に張り付いていたと言っても過言ではありません。
そして、会社にいないときは残りの医療機器を売り歩く。
息子の存在は幸せそのもの。幸せのちからは息子がクリスにくれた"ちから"のことでした。

★クリス・ガードナーの「幸せのちから」。その2。
それは、クリスの持ち味である人当たりの良さ。クリスは一度会った人間を惹きつける"ちから"を持っていました。
クリスの妻は、貧しい生活、支払いに追われ、必死に明日のやりくりを考えなくてはならない生活に疲れ切っていました。
そして、クリスと別れ、やり直すことを決意して家を出ていきます。
けれど、妻はクリスの人間性をそれでもなお、評価していました。
ここが一番重要なことです。だからこそ、妻は息子をクリスに預けました。
彼女は一度は息子クリストファーを連れて行こうとしながら、それをあきらめています。
それは、クリスなら息子を幸せにできると考えたから。
彼女は現在の生活に疲れきっていますが、クリスその人を嫌っていたわけではありません。
貧しくても、クリスなら、どんなに生活がひっ迫しても、息子をその貧しさの犠牲にすることはない。身を呈しても息子を守るだろう、そう考えたからクリスに子供を預けたのです。
妻も食べるために必死で働かなければならないぎりぎりの貧しい生活。
自分で面倒を見るよりも、クリスの人間性を信頼して彼に預けた方が、息子の幸せのためになる。
「あなたなら大丈夫だわ」。
息子を幸せにできるのは自分とクリスのどちらなのか。母としての決断でした。

また、クリスは、人事課長のトゥイッスルのタクシーに無理に乗り込んでルービックキューブを完成させ、彼の心をつかみます。
クリスは最近、自宅でルービックキューブを見かけてそのおもちゃを知ったばかり。
クリスの頭の回転の速さと、度胸のある彼の大胆な性格を同時に示しているエピソードです。
そして、会社のインターン採用の可否を決める面接。
クリスは駐車禁止の罰金が払えずに当日の朝まで留置場に入れられていたため、見事なまでに汚らしい恰好で面接に臨みます。
ジャケットは薄汚れているし、頭には白いほこりが引っかかっている始末。
それでも、インターンとして採用してみようと思わせるのは、面接の際のクリスの語り口に面接をした上司が魅力を感じたからでしょう。
汚らしい格好をしてやってきた人物に抱く印象は2つ。
見かけどおりのやつだ、と思われるか、こんな服装をしているが、なかなか見るところのあるやつだ、と思われるか。
クリスは後者でした。
このときの汚さがいかに印象的だったかは、ついにクリスの本採用が決まった時に、「今日は良いシャツを着ているね」、と上司に声をかけられていることからも分かります。
クリスは澄ました顔で、「いつも清潔な格好を心がけていますから」、と答えています。
上司のジョークにも、さっと切り返すことのできる、頭の回転の速いクリスの受け答えのうまさ、そして負けん気の強さを垣間見ることができるエピソードです。

さらに、クリスは電話で掴んだ顧客の自宅に息子を連れて行き、一芝居打って一緒に球場に行くことに成功します。
思惑通り、顧客の自宅から帰りかけたクリスをその顧客に呼び止めさせることに成功しました。
これは顧客がクリスに気を使ったから?
しかし、誰が義理もない、見知らぬ営業マンと好き好んで貴重な休日を過ごそうとするでしょうか。
顧客がクリスを呼びとめたのは、クリスが休日を一緒に過ごしてもいい思える人物だから。
言いかえれば、クリスの人間性を評価したからです。
だから、彼は自分のボックス席にまでクリスとその息子を招待し、席で一緒になった彼の仕事仲間にクリスを紹介してくれました。
映画の結末近くのシーンで、このときに紹介された人からクリスは声をかけられています。
この顧客はクリスのお客にはならず、契約も成立しませんでしたが、彼の紹介してくれた人脈はクリスのものになりました。
人脈は人脈を生みます。これから投資業界でクリスが仕事をしていくうえで、顧客と成約が1個成立する以上の重要な成果をクリスにもたらしてくれるでしょう。

さらに、盗まれていた医療機器を取り返し、なんとか販売代金を得ようと必死に売り込んでいたときに応対してくれたお医者さん。
せっかく面会してくれ、販売のチャンスなのに、なんと医師の目の前で器械が故障。
それでも、医師はクリスにまた来なさい、といってくれます。
もちろん、医師の温厚な人柄のおかげもありますが、普通ならば、故障品の売り物を目の前で披露する販売員にまたチャンスをあげよう、とは思いません。
"また、来なさい"、と医師に言わせたのは、クリスの人柄に誠実さを感じたからでしょう。
★クリス・ガードナーと息子クリストファー
もちろん、クリスの人を惹きつける魅力、それは息子のクリストファーなしでは開花しませんでした。
証券会社の営業という仕事はクリスのような人間にとって、天職とも言えます。
しかし、息子がおらず、息子のために生活を何とかしたいと思う気持ちがなかったら、彼は転職しようとも思わず、職探しにそれほど必死になることもなく、街で会った男に成功のカギを聞くこともなく、今日も医療機器の販売に奔走していたかもしれません。
息子クリストファーこそ、不運なクリス・ガードナーに天が遣わしてくれた天使でした。
