※以下、ネタバレあり
こちらのページでは「メメント」の解説とレビューをしていきます。
レナードの過去の記憶は本当に正しいのか、レナードの妻は本当に強姦犯に殺されたのか、レナードは誰にだまされていたのか。そして、レナードが繰り返し語ったサミーの記憶が意味するものとは ?
最後に、医学的に見たレナードの病気について言及します。
「メメント」の『時系列順のあらすじ』はこちら。

★レナードとテディの関係
妻を殺されたレナードは復讐のため、ジョン・Gを探していました。
最初こそ、テディが見つけた真犯人を殺しましたが、その達成感と裏腹に訪れたのは、空虚感。
レナードは犯人を殺したことを忘れないように、写真も撮りました。
しかし、これで、自分のすることはなくなってしまった。記憶障害のある自分は保険調査員としての仕事を失ってしまいましたし、新しく仕事を見つけて働くこともできません。
彼はそこで決意します。殺した男の写真を捨ててしまえばいい。捨てたことは10分もたてば忘れてしまう。
再び、彼は新しい標的を探して調査を開始します。
これを見ていたのはジョン・エドワード・ギャメル、通称テディ。
最初こそ、レナードのために真犯人を見つけてやりましたが、2度目の復讐を求めてレナードが犯人を探し始めたことを知り、これを利用できないものかと思い始めます。
テディは恐らく、麻薬取引を捜査する警察官でした。
麻薬の取引には多額のカネが動きます。
ここでうまく取引相手を殺すようにレナードを誘導してやれば、レナードは復讐を達成でき、テディには金が入る。
さっそくテディはその計画を実行しました。
まず、それらしい証拠を用意し、レナードに調査させておきます。その間にテディは取引を麻薬密売人に持ちかけ、金を用意させて、取引場所まで持ってくるように仕向けます。
そして、取引当日にレナードに犯人を教えて、その場所に向かわせ、テディの取引相手を殺させる。テディは取引相手の持ってきていた金を手に入れる。このようにしてテディは大金を得られるというわけでした。
そして、再び、レナードは殺したことを忘れようとします。そして10分たてば忘れます。再びレナードの復讐の旅が始まる。
この繰り返しを何度もしながら、テディはレナードを使って大金を得ていました。

ある日、テディがターゲットに設定したのはジミー・グラント。麻薬密売人でしかもレナードが復讐相手として探している"ジョン・G"にぴったりです。
ジョンはさっそくジミーが犯人であるかのような証拠を揃え、レナードに殺させました。
しかし、ジミー・グラントは殺される前に、テディと待ち合わせていたことや、金のことをしゃべってしまい、レナードは自分が利用されたことを悟ります。
レナードに問い詰められたテディはどうせ10分後にレナードは忘れてしまうことだから、とテディは思ったのでしょう、あっさり事の真相を白状してしまいます。本物のジョン・Gは1年前に死んだことや、何人も殺していることを話します。
さらに、決定的なのは、レナードの妻の本当の死因をしゃべったこと。
レナードは妻が殺される前の記憶は完全に残っていると考えていましたが、実はそれは自分自身によって書き換えられた記憶だったのです。
これを聞いたレナードは激怒しますが、その場でテディを殺そうとはしません。その代わり、次のターゲットとしてテディを選ぶことにするのです。
しかも、『殺せ』とメモするのではなく『こいつのウソを信じるな』と書き込み、テディの車のナンバーを"THE FACTS 6"と刺青することで、わざとターゲットを曖昧にし、テディをターゲットに、次なる復讐をはじめることにしました。

★妻の死の真相
レナードは妻が強姦され、その後に犯人に殺されたと信じていました。しかし、それは違います。まず、実際にレナードの妻は深夜にバスルームで襲われ、それを助けようとしたレナードは殴られて昏倒し、記憶障害が残りました。
ここまでは事実です。
しかし、現実には妻は死んではいません。彼女は一命を取り留めていました。その後、レナードには短期記憶障害が残ってしまい、悲しんだ妻は彼を試そうとします。
妻には糖尿病の持病がありました。彼女は毎日定時にインシュリン注射を夫に打ってもらう習慣です。そこで、彼女は「注射の時間よ」と言って、レナードに注射を打たせます。
そして、夫の記憶がなくなったころに再び注射するように促しては繰り返しインシュリン注射を打たせました。
夫レナードは、さっき打ったばかりの注射のことをまったく覚えておらず、妻に言われるままに繰り返し注射を打ちました。結果としてインシュリン注射の打ち過ぎによりレナードの妻は死亡したのです。
レナードが保険会社の調査員として働いていた時代、サミーという男が短期記憶障害で、サミーの妻が何度も夫サミーにインシュリン注射を打たせて死んだというエピソードはレナード自身による記憶の書き換えでした。
彼は妻を死なせてしまったという辛い記憶から逃れるため、かつて調査員時代に関わったサミーという保険金詐欺を働いた男を登場させたのです。

★逆恨みで殺されたテディ
レナードはテディの小遣い稼ぎに利用された同情すべき人間であるようにも思えますが、真実は違います。レナードはテディに利用されていたかもしれませんが、レナードだって、テディがおぜん立てしてくれるこのゲームを気に入っていました。
いままで何人殺したのかしれない"ジョン・G"殺害もすべてレナードの意思によるものです。なぜなら、彼は復讐を果たした瞬間、次の10分のうちにその殺人を忘れるかどうかを選択していたからです。彼はそのたびにその殺人を忘れるという決定をしてきました。
つまり、テディ殺害までに何度もレナードは殺人を忘れ、もう一度"復讐"をやり直すという選択をしてきたのでした。
レナードは自分が繰り返し人を殺しては忘れ去っていたという真実をテディに知らされ、自分は「人殺しじゃない」とつぶやきます。
しかし、今までだって、犯した"復讐"を記録しておくことで、終わらせることができたのに、その決断をすることができなかったのはレナードです。しかも、今まで人殺しをさせられた"復讐"として今度はテディを殺そうというのですから、レナードはすでに連続殺人者の素質十分です。
それに、テディがレナードに殺される理由は何でしょう ?
テディはある意味、レナードの"復讐"をエンドレスに続けさせるために犠牲者を選び、それらしき偽の証拠を届けてレナードを助けてきた相棒ではありませんか。
たしかに、テディはレナードを利用してお金をもうけていましたが、それでレナードに害が及ぶわけではありません。つまり、レナードが怒ってテディを殺害しようと決意した理由はテディが自分を利用して金もうけしていたからだけではないのです。
レナードはテディにだまされていたことを知ってかっとなり、冷静に怒りの原因を探ることなく、10分後にはテディに怒りを抱いたことすら忘れてしまいました。しかし、レナードが怒った本当の理由はテディではなく、自分にだまされていたことに気がついたからです。
自分の意思で復讐を果たしたことを忘れ、また初めから復讐をやり直す。この循環をたどっていたことを認めれば、自分は自分にウソをついていたことを認めることになる。だから、そんな事実はなかったと信じたい。
さらに、自分が無関係な人間を何人も殺してしまったということは認めたくないし、妻を殺してしまったのは自分だということも信じたくない。妻が死んで以来、復讐だけに生きがいを見出していた、ある意味、充実していた人生が崩壊していく。
なぜ、テディは自分に知りたくもないこんな真実を教えるんだ!?
そうだ、自分にそんな知りたくもない事実を教えたやつに復讐してやろう。
レナードはいわば、逆恨みに近い怒りにまかせた感情から、次のターゲットとしてテディを選んだのです。

★記憶を書き換えたレナード
そもそも、レナードは自分で妻を殺してしまったという罪悪感から、自分をサミーという保険金詐欺師にすり替え、サミーがサミーの妻を殺したことにしました。
『サミー・ジャンキスを忘れるな』という刺青をしたのは、それを見たとき、"サミーがサミーの妻を殺したこと"を思い出せるからです。
逆にいえば、レナード自身が妻を殺したことを忘れられ、自分とサミーを「すり替えた」という記憶自体を忘れられるからです。この刺青があることで、「レナードが妻を殺した」という記憶を封印し、"サミーがサミーの妻を殺した"という記憶に書き換えることができました。
レナードが妻を殺したときにはすでに記憶障害になっていたので、妻を殺したこともすぐに忘れてしまうでしょう。記憶を無理に書き換える必要はないようにも思えます。
確かにそうなのですが、レナードは、強い罪悪感を完全に消し去りたかったのです。そして、レナードは妻の死を強姦犯のせいにし、いわば強姦犯に責任転嫁をしました。これで、レナードは完全に妻の死に負う責任から逃れられるばかりか、生きる目的まで得ることができたのです。レナードにとっては、まさに一石二鳥でした。
しかし、レナードの妻が死んだという事実は歴然として残ります。レナードは自分が妻をインシュリン注射で殺した記憶を書き換えるため、妻が誰にどうやって殺されたことにしようかと考え始めました。
そこで思い付いたのは、妻が一度、強姦されているということ。そうだ、妻は強姦されて殺されたということにしよう。そこで、レナードは鎖骨の下に『ジョン・G が妻を犯し、殺した』と刺青をいれます。ジョン・Gというのは強姦犯と聞いた男の名前。
そして重要なのは妻はインシュリン注射で死んだのではなく"犯されて"死んだということ。だからレナードは『ジョン・G が妻を殺した』ではなく、『ジョン・G が妻を犯し、殺した』と刺青したのです。
これで、妻がなぜ死んだのか、誰に殺されたのか、レナードの記憶の書き換えは完了しました。レナードは罪の重荷を下ろすことができたわけです。あとは、妻を殺したジョン・Gを探すだけ。復讐の土台は整ったのです。

★皆がウソをついていた
皆ウソつきです。メメントに出てくる人たちは皆ウソをついてレナードを利用しました。
まず、モーテルの受付係バート。レナードに記憶がないのをいいことに、部屋を2つも貸していました。これはまだましな方。
次にテディ。彼はレナードの復讐心を利用して、次々に殺させる相手を提供しました。ジミー・グランツのときには取引があったことがレナードにバレてしまいましたが、それまでも全くテディに利害関係のない無関係の人間を殺させていたとは思えません。
テディはかつて警察官でした。これについてはウソをついてはいません。ナタリーがテディのことを「あの警官が」というように呼んでいますし、何より、警察の資料をレナードに渡したりもしています。
テディの場合、警察官として押収した麻薬の横流しもしくは密売を黙認して賄賂を得るなど、何らかの不正行為をしていたのではないかと思われます。甘い汁を吸ううちに、麻薬取引の抜けられない深みへとはまって行った。ミイラ取りがミイラになってしまったのでしょう。
しかし、テディが現在も警察官であるかは微妙です。しょっちゅうレナードの呼び出しに応じていて、勤務中ということがありません。
テディは潜入捜査官だと名乗ったときもありました。これが本当かは怪しいところです。テディのことをナタリーは警察官だと知っていますし、テディもナタリーのことを知っています。
これは単に捜査関係上の知り合いというだけなのでしょうか ?
潜入捜査官であるはずのテディがナタリーに警察官だということを知られているというのはどういうわけでしょうか。仮に、テディが潜入捜査官だと知っているなら、ジミー・グランツがテディとの取引を承知するわけがありません。
さらに、彼が潜入捜査官だと名乗ったのは、レナードがテディの写真を撮り、名前と電話番号を控えているときです。テディはレナードが何人も殺している殺人者であることを知っています。レナードが逮捕されてしまったとき、写真に実名が記載されていては困るわけです。
だから、愛称のみを教えたのではないでしょうか。
もう一つの仮説としては、彼は潜入捜査官であるが、麻薬の売人たちと癒着して甘い汁を吸っていたという可能性です。仮に、そうならば、テディがナタリーら売人たちに顔が利くことも説明がつくでしょう。
一方で、テディは自分のことを警察の情報屋だと言ったこともありました。彼の職業についての発言にはどうやらウソが混じるようです。

★ナタリーのウソ
ナタリーもウソをついています。まず、ナタリーの話の中で本当のことは、ジミーが彼女の恋人であること。そしてジミーが最後に取引したのがテディであると言っていること。これはジミーがレナードに殺される前にテディの名を呼びながら取引場所に来ているので間違いありません。
ナタリーは恋人の服を着て、恋人の車に乗ったレナードが店に現われ、ジミーに渡したはずのコースターのメモを見せたので、ジミーの身に何かがあったことを悟ったはずです。そして、目の前の男は本当に記憶がない様子。彼女はレナードを利用することにします。
困ったのはテディ。ナタリーとジミー、そしてテディは麻薬取引でグルになっていました。
ジミーが麻薬を調達し、ナタリーがバーで客から注文をコースターの裏に書いて受け取ります。そしてテディはそれを黙認する代わりに口止め料をもらっていた。
しかし、ジミーが殺された今、テディはジミーを殺したのがレナードであり、かつそれをおぜん立てしたのがテディ自身であることがバレるとまずいことになります。
そこでテディはナタリーからレナードを引き離そうと、ナタリーの家ではなく、モーテルに泊まるようにレナードに仕向け、さらに、ナタリーを信用しないようにと警告するのです。
ナタリーは恋人の最後の取引相手はテディだったことを知っていますから、テディに対してなんとか復讐したいと思っています。
しかし、それだけのためにレナードを使うのはもったいない。

ナタリーはジミーが20万ドルを持っていなくなってしまったことで、密売仲間のドッドという男から脅迫を受けていました。麻薬と20万ドルを返すように脅してくるドッドを黙らせ、ナタリー自身の身の安全を確保する必要があります。
恋人ジミーの復讐よりも、自分の身の安全が先。そこで、わざとレナードに顔を殴らせ、ナタリーを殴ったことを忘れたレナードにはドッドに殴られたと訴えて、レナードにドッドを捕まえさせました。
一方、ナタリーはドッドにもこう言ったはずです。
「20万ドルとジミーが持っていた麻薬は、レナードというジミーのジャガーに乗っている男が持っている」。
それで、ドッドはレナードを追いかけました。ナタリーとしては、ドッドがレナードを殺そうが、レナードがドッドを殺そうがどちらでも構いません。これで、自分の身は安全になり、ジミーが家に残した麻薬は自分のものになるからです。
ドッドとレナードの勝負はレナードに軍配があがりました。
ナタリーはこのときになって初めて、レナードにこう言います。「ジョン・Gを殺すのを手伝えるかも」。ドッドがいなくなり、自分の身の安全が確保できたナタリーは今度は恋人ジミーの復讐に取り掛かりました。
ナタリーは、恋人に最後に会っていたテディが何らかの形でジミーの消息不明に関与していることを確信しています。ジミーの復讐とは、テディを殺すことでした。

★利用されたレナード
結局、レナードは散々に利用され、ナタリーは彼を利用して、自分の安全確保とジミーの復讐の2つを見事に果たすことができました。
レナードは自分は系統立ててメモを取っており、毎日同じ繰り返しをしているのだから間違いは起きず、他人に利用されることはないと思っていましたが、実際には他人の意のままに動いていたのです。
レナードの殺人はテディに利用され、ナタリーにも利用された。
一方で、テディの殺人については、レナードはもともと、最後はテディに行きつくように車のナンバーを彫りつけておいたわけですから、レナードはナタリーがいなくても遅かれ、早かれ、テディにたどり着いて彼を殺したでしょう。
いずれにしろ、テディ殺害についてはナタリーとレナードに共通する利害関係がありました。
しかしそれを言うなら、テディが提供した被害者たちにも同じことが言えます。レナードが今まで殺してきた相手はテディが選択していたのだから、テディは取引上障害になる者や、邪魔者をレナードの復讐相手として提供することができたわけです。
テディが利益を得るために彼らを殺す必要があったのに対し、レナードは復讐のために彼らを殺す必要があった。
ここにも利害の一致が見られるわけです。
ナタリーはジミーの復讐もありますが、まず何よりも、自分が隠し持っているジミーの麻薬を確保するためにレナードを利用しました。テディも麻薬取引で金を得るためにレナードを利用してきました。モーテルを2部屋も貸していた男も同じ。
皆、一見親切そうな様子で近づいてきますが、その実、レナードの記憶障害を利用してなんとかカネを得ようとする者たちばかりでした。
レナードを本気で助けてやろうとする者はいなかったのです。

★カネのためなら…『サミーの話』
レナードが妻を犯した真犯人を殺したのは1年前のこと。それ以来ずっとこの周辺をうろついて探し回っているわけです。それなのに、誰もレナードの異変に気がつかない。
レナードは奇妙な格好です。ジミーから奪った高級スーツを着てはいますが、毎日同じスーツに同じシャツ。そして車はジャガーですが、これもジミーのもの。外見上はお金がありそうなのに、泊まっているところはモーテルの部屋。
ずっと長いこと、記憶障害の男が一年近く、仕事をするわけでもなくモーテルに宿泊していても誰も不審に思わないのでしょうか。ずっとカジュアルな服装ばかりだったのに、ある日、突然高級スーツを着て、ジャガーに乗ってモーテルに戻ってきても誰も何も思わないのでしょうか。
皆、無関心なのです。
レナードが記憶障害のせいで迷惑をかけていないか、とたずねるとモーテルの男は「お金さえ払ってくれればいいよ」。
まさにこの通り。
テディも麻薬取引でひと儲けするためにレナードを利用していましたし、ナタリーもレナードにトッドを始末させて、ジミーの麻薬を自分の物にしました。
皆、お金。金さえ何とかなれば、レナードが何をしていようが、殺人を重ねようが、まったく気にしていない。自分さえよければいい。そのためにレナードのような哀れな奴を利用したっていい。
金のために利用されたレナード。
しかし、レナード自身もかつて金のために、人を傷つけたことがありました。『サミーの話』です。

サミーは保険金詐欺師でした。サミーには妻もいません。
しかし、サミーの話は全くの作り話ではありません。
レナードが保険会社に調査員として勤めていたのは事実です。そして、インシュリン注射の話はレナードの妻の話でした。
しかし、サミーの保険金請求を容赦なく切り捨て、妻の懇願にもウソをつく保険調査員レナードの話は虚構ではありません。これらの話はレナードがこれまでに保険会社調査員として働いてきた記憶、もっといえばレナードの罪悪感が作り出したストーリーです。
レナードは数多くの保険金審査請求を不適格として切ってきました。そのなかにサミーという詐欺師もいたのでしょう。しかし、実際には、保険金支給か不支給かギリギリの線で切ってきたケースも多かったはずです。彼は調査員として実績を上げたかったのです。
そのためには、保険金の支給件数を減らして、"優秀な"調査員になることが必要でした。レナードがそのなかで感じてきた罪悪感の積み重ねがサミー・そしてサミーの妻というかたちに仮託して現われたもの、それがサミーのストーリーなのです。
サミーの短期記憶障害は精神的障害に過ぎないと判断したレナードは、保険適用の「対象外」である、とサミーの妻に通告します。そして、これをきっかけにレナードは昇進し、オフィスに個室を構えるまでになります。
その後も、サミーの妻が会社にまで出向いてきて、サミーの病気についてレナードと交渉している場面が出てきます。
サミーの妻は「保険会社の人間という立場を忘れて、サミーが病気を装っているだけなのかどうか、教えてほしい」とレナードにすがりました。サミーが本当に病気ならば、そのつもりでこれからを生きていける。けれど、病気を装っているだけならば、それは妻にとっては辛すぎること。
そのとき、レナードが答えたのは「新しいことは覚えられるはず」という答え。つまり、夫のサミーは病気ではなく、病気のふりをしているだけだ、そう答えたのです。実際には、レナードはサミーが真実、病気であることを知っていました。しかし、ここで正直な気持ちを話すことはやはりできませんでした。

サミーの案件はレナードが昇進するきっかけとなった案件です。仮に、ここで、サミーが病気であると言ってしまい、会社に保険金請求をされてしまったら、レナードの昇進は吹き飛んでしまいます。彼には、「会社の立場を離れて」答えることはできませんでした。
しかし、この答えを聞いたサミーの妻はどうしても夫が妻をだましているとは思えません。そこで、それを確かめようと、インシュリン注射を打たせました。何度も。夫の愛は確かだと思うから、それを確かめたいから、何度も打たせたのです。
夫が病を装っているだけなら、愛する妻を死なせないよう、夫は注射をやめるでしょう。しかし、夫は言われた通り、何度も注射を打ちました。「やはり夫は病気なんだ」。そういうことが分かった妻は悲嘆して死んでいったのです。
保険金請求を拒否したところはサミーという詐欺師の話。インシュリン注射のところはレナードと妻の話。
レナードは自ら妻を殺したという体験と保険金請求を結びつけ、サミーの妻がこうして死んでいったというストーリーを作り上げることで、数々の保険金審査請求をウソをついても切ってきたことの意味がようやく分かりました。
レナードの妻もレナードの短期記憶喪失について保険金請求をして、同じ経験をしたのかもしれません。それは今となっては分かりませんが、レナードの妻が保険金請求をすれば保険会社がどのような対応をするか、保険会社の調査員だったレナードには容易に想像できたでしょう。
サミーの妻が欲しかったのは、お金ではない。レナードはその一事に気が付いたのです。そして、「サミーは病気」だということ、この一言が言えなかった自分の責任の重さにも気がつきました。
レナードがサミーを病気ではないと思ったことの理由の一つに、サミーがレナードを見るときに、前も会ったことのあるようなそぶりを見せるということがありました。
しかし、今になって思えば、あれは記憶を無くしてしまうことを自覚しているサミーが少しでも覚えているようなふりをしただけなのだということが分かったのです。
記憶を無くしてしまい、普通の生活が送れなくなっている自分を恥じて、少しでも普通の人間に見えるように振舞いたいというサミーの自尊心。その心がなせた業だったのだということにレナードは気がついたのでした。

★お金だけ ?
メメントではお金と人とのかかわりがクローズアップされています。金や利害関係が何よりも優先し、愛情関係や気遣いが後回しになる世界。その寂しさや孤立感を痛々しく描き出しています。
人が死ぬときに大事なのはお金でしょうか。20万ドルを手に入れようとしたばかりにテディは命を落としました。レナードの妻はレナードの愛情を確かめようとインシュリン注射を繰り返させ、命を落としました。レナードは失った妻のぬくもりと愛情の影を追いかけて殺人を繰り返しています。
レナードの妻が狙われたのは、1人暮らしだと思われたという理由でした。
レナードは会社で昇進することを優先する仕事人間だったことが推測されます。レナードは家庭を顧みることなく、必死に働いて、昇進することばかりに目を奪われていたのでしょう。
レナードが家に早く帰ることはめったになく、いつも深夜に帰宅する。いつも夜を1人で過ごす妻の姿を見た犯人たちは妻が1人暮らしだと思い込んでしまったのでしょう。
事件が起き、夫が記憶障害に陥ったとき、妻は夫を疑うようになります。本当にレナードは病気なのか、と。
疑いは晴れません。
けれど、夫は私を愛してくれていたはず。妻はその愛情を確かめようと決意し、インシュリン注射を繰り返し夫に打たせました。夫が本当に病気なのだと分かった妻はそのまま死んでいったのです。
仮に、病気になる前に、夫の愛情を十分に感じているならば、病気を「装っている」などとは考えないでしょう。
しかし、夫の心と妻の心が離れているときに夫が記憶障害にかかってしまった。そうなると、もはや夫の愛情をことばで確認することもできません。妻は命をかけても、夫の愛情を確かめたくて、どうしようもなくなってしまったのです。
寂しさと悲しさが入り混じった妻が起こした行動は妻に死をもたらしましたが、一方で、やはり夫は病気だったのだ、そう感じて安心する感情もあったでしょう。悲しいことですが、こうしなくてはいられない衝動にかられるほど、妻の心の虚しさは募っていたのです。

★メメント-Memento-
"memento"には思い出・形見・遺品といった意味があります。
そう言われると、死んだ妻の遺品をレナードが燃やす場面がすぐに浮かんできます。深夜に工場跡のような場所に行き、妻が何度も繰り返し読んでいた本を燃やし、時計やぬいぐるみ、くしなどの遺品を燃やす。
本を燃やせば、「何度も同じ本を読んでいる」と話していた思い出がよみがえり、妻の顔を思い出さずにはいられない。結局夜明けまで遺品の燃えかすと一緒にレナードは座り込んでいました。
これほどレナードは妻を愛していながら、妻は夫の愛情を確かめようとして命を落としてしまった。なぜ、生きているうちに、もっと妻に愛を伝えられなかったのか。レナードは苦悩したはずです。
"Memento Mori."メメント・モリ。汝の死を忘れるな。という意味です。
メメントといえば、この警句が思い浮かぶもの。当然、映画メメントもこれを意識してタイトルがつけられたに違いありません。
絵画で取り上げられるメメント・モリの主題には骸骨や砂時計、ろうそくなどが描かれます。砂時計が表すのは、砂が落ちるように流れていき、いつか途絶える人生という時間、そして、ろうそくはふっと掻き消えるようにして終わる人生のこと。
よく描かれた主題のひとつに、死神が金持ちと、貧乏人を同時に連れ去る場面があります。これは金持ちも貧乏人も死ぬときは同じという意味が込められています。
同時に、名誉や欲、金銭は死ぬときには意味のないものに過ぎないという意味も。
麻薬で大金を得るためにレナードを利用したテディ。
やはり、麻薬を手に入れ、復讐を果たすためにレナードを利用したナタリー。
妻への愛情を置き去りにして、仕事での出世に全力を傾けたレナード。
そして、今レナードは、失った愛情の間隙を埋めようと虚しい殺人を続けている。彼らは金銭や復讐に執着し、それを何とかして手に入れよう、達成しようと夢中になっている。
そんな彼ら、そして観客に向けられた警句がメメント・モリであり、映画のタイトル。それが「メメント」なのです。

★レナードの病気ってなに?
レナードの病気は側頭葉性健忘症といわれる記憶障害のひとつ。側頭葉性健忘には2つの症状を含みます。
まず、1つ目。
たった今したことが覚えられず、自分の発言も覚えておくことができません。経験したことも正確に思い出すことができなくなります。
また、何度も会っているのにその人の名前を覚えられなかったり、場所を覚えることもできません。
この症状を前向性健忘症といいます。
さらに、発症前に経験していた出来事もうまく思い出せなくなります。
そして、かつて経験したことを思い出したとしても、時系列が混ざってしまったり、どこで起きた出来事かもあいまいになってしまうことがあります。
この症状を逆向性健忘症といいます。

レナードはテディに電話をかけたことを忘れ、トッドの部屋に侵入しても、なぜそこに来たのかを忘れてシャワーを浴び出します。しかも、自分で捕まえて押し込めておいたトッドをクローゼットで見つけても、なぜ彼がそこにいるのか思い出せませんでした。
また、レナードはテディやナタリーといった人の名前を覚えられず、いちいち写真とメモを見比べて確認していました。また、ずっと泊まり続けているモーテルも写真を撮っておき、道を聞いてからでないと帰ることができません。
これは明らかに前向性健忘症の症状です。
レナード自身は、妻が殺されたとき以前の記憶は正常だと思っていましたが、実はその記憶には大きな誤りがありました。
レナードは妻は強姦した際に殺されたと考えていましたが、実際は、インシュリン注射が原因で死亡していました。
サミーの妻は存在しないのに、存在すると記憶していました。そして、サミーのことを会計士と記憶していましたが、実際は保険金詐欺を働いた男でした。
以上からレナードの事件前の記憶には誤りや錯綜が見られ、レナードには逆向性健忘症の症状が見られます。
レナードは前向性健忘症と逆向性健忘症の2症状が見られ、これは典型的な側頭葉性健忘症であると診断されるでしょう。
この側頭葉性健忘症は海馬の両側が損傷することによって発症します。妻を強姦した犯人に殴られた際に、それが原因となって発症したものと思われます。
また、レナードが10分ほどしか記憶が持たないところを捉えて、前向性健忘症のみか、とも思われますが、実際の症例においては逆向性健忘症を併発することが通常です(加藤 元一郎: 記憶とその病態 . 高次脳機能研究, 28: 209, 2008 )。
それに、レナードの症状には明らかに過去の記憶に関しても混同や錯乱が見られます。
したがって、レナードは前向性と逆向性を併発する側頭葉性健忘症であるというのが正しいでしょう。

メメント 時系列順のあらすじはこちら。
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【『ま行』の映画の最新記事】
ひとつ疑問なのですが、レナードがインシュリン注射で奥さんを殺したとしたら、その時既に前方性健忘症の症状が出ていたわけですよね?
だとしたらサミーの話の改ざんなんてしなくても、すぐに忘れてしまうんじゃないでしょうか?
なので、私はサミーの話は正しい記憶であり、ラストシーンのテディの話のサミーのくだりはウソだったのではないかと思っていますが、どうでしょうか?
サミーは詐欺師であり、妻はいない。
となれば、その妻がレナードの職場まで足を運んでいたというシーンは、どういう事なのでしょうか?
サミーの妻がインシュリン注射を撃たれるシーンは、実はレナードの妻のエピソードってのは理解できるのですが、サミーには妻がいないはずなのに、なぜレナードの職場に行き、レナードと会話をしているのかが理解できませんでした。
もしかして、この時、レナードと会話をしているサミーの妻も実はレナードの妻であったということでしょうか?
まず、2010年5月1日に頂いた質問にお答えします。
ご質問は、レナードはすぐに記憶を無くしてしまうのだから、『レナードがインシュリン注射で妻を殺した』という記憶をサミーとその妻の話にすり替える必要があったのか、ということですね。
『メメント』は実に解説の難しい映画で、入り組んだ構造になっており、コメントを頂いた部分はまさに、私が舌足らずかもしれないな、と思いながら書いていた部分です。
貴重な機会を頂きましたので、ここで補足説明をさせていただきます。
まず、レナードの病は徐々に進行していく進行性の病であることを前提にする必要があります。レナード自身、妻の死以前の記憶は完全なものと思い込んでいました。事実、完全ではありませんでしたが、レナードの記憶は部分的には正常でした。
レナードの状態が明らかに異常なら、レナードの妻は夫の病をそれはそれとして受け入れられたでしょう。しかし、ときどき正常で、ときどき異常なレナードの症状はレナードの妻を混乱させたのです。
レナードがインシュリン注射で妻を殺してしまったときには、確かに病には罹患していましたが、今ほど重篤な症状ではありませんでした。妻を殺した当時にはレナードは自分のやってしまったことが理解でき、その事件を記憶するだけの脳の働きも残っていました。
しかし、妻を殺したという記憶は実に不愉快な記憶です。しかも、病の初期のころの出来事だから、10分過ぎれば完全に忘れ去るということができない。
レナードは記憶の書き換えを望みました。重要なのは、レナードの記憶喪失、あるいは記憶の書き換えには2つの形態があるということです。
一つは、病のせい、もう一つは自ら望んだ結果。病を利用してレナードは嫌な記憶を改ざんする方法を学びました。レナードが妻の復讐と称して殺人を繰り返していたことを思い返してみれば、レナードがいかにうまく記憶を操作していたかが分かります。
レナードは自分に妻がいたという記憶を消すことはできません。病気にかかるはるか以前から妻はレナードとともにいたため、消せない記憶なのです。
妻がいたという記憶同様、長年、妻に打ってきたインシュリン注射の記憶も消すことができません。しかし、インシュリンと妻という組み合わせはレナードに「妻の死」という嫌な記憶を呼び起こす悪魔の組み合わせでした。
そこで、レナードはサミーという会計士の男とその妻という架空の登場人物を用意しました。
『サミー・ジャンキスを忘れるな』というレナードの刺青は、真実の記憶を封印するためのまじないのようなものでした。この刺青があるかぎり、妻の死の原因がレナードにあるという記憶から逃れ続けることができるからです。
ご質問に対する答えになりましたでしょうか。説明の難しい部分であり、さまざまな解釈があってしかるべき、とも思います。改めてのご質問、ご指摘がありましたら、ご遠慮なくお願いいたします。
コメントのお返しが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
55555さんの質問にお答えいたします。「メメント」は本当に考えれば考えるほど分からなくなる映画ですね。ご指摘をいただきながら、少しずつ、謎を解いていきたいものです。
ご質問は、詐欺師のサミーには妻がいないはずなのに、「サミーの妻」が保険金の交渉にレナードの職場に来ていたのはなぜか、ということですね。
まず、「サミー&その妻」は「レナード&その妻」と鏡の裏表の存在であることに留意する必要があります。サミーは保険金詐欺を働いた男がモデルになってはいますが、サミー&その妻はレナードの創り出した架空の人物です。
さて、レナードの病を疑い始めたレナードの妻はどうするでしょうか。恐らく、レナードの治療費を確保するため、保険会社と保険金の給付交渉をするでしょう。(アメリカには国民皆保険制度はありませんから、個人で医療保険に加入するのが一般的です。)
そして、このときに保険会社がどのような対応をするか。簡単に保険金を受け取ることはできません。仕事熱心な保険会社の調査員なら、できるだけ、保険給付の対象外と判断するのが出世への近道だからです。レナードの妻は直接、保険会社に交渉に向かいますが、やはり、調査員に保険の適用を断られてしまいました。
保険会社の調査員であり、実際に昇進のため、そのような厳しい査定をしてきたレナードには、このような展開は容易に想像できることでした。
そして、レナードの妻は夫が「仮病」だ、と保険会社で聞かされ、ショックを受けます。妻は夫レナードの愛情を確かめようと、インシュリン注射を何度も打たせ、死亡しました。
これがレナード及び、その妻に起きた悲劇の真相です。レナードはこの記憶をそっくり、サミーとその妻におきた事件として記憶をすり替えました。
レナードは記憶を自分に都合の良いように作り変えてきました。妻がいないはずのサミーに妻がいることになっているのは、レナードの妻の役を演じる人物が必要だったからです。
「メメント」の主人公であるレナードは深刻な病にかかった悲劇の主人公などではありません。彼は病を理由に、あるいは病を利用して、自己に都合の悪い記憶を葬り去ってきました。
結末、真相をレナードは知ることになりますが、それも結局、忘れ去るという選択肢を選びます。
果たして、レナードが記憶しているほど、彼は妻を愛していたのか。レナードが愛しているのは、「復讐」という生きる目標を与えてくれる死んだ妻なのではないか、そんな気さえしてきます。
彼にとって、真相などはどうでもいいもの。レナードは自ら選択した「都合のいい真実」のなかだけで生きていくことを望む、心の弱さを持つ人間でした。
これでお答えになっているでしょうか。説明が難しく、真意が伝わっているか、自信がありませんが…。
疑問点等、ありましたら、ご遠慮なくどうぞ。できるかぎり、お答えしたいと思います。