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ブラックホーク・ダウン

映画:ブラックホーク・ダウン あらすじ
※レビュー部分はネタバレあり

ブラックホーク・ダウン

↑墜落した2機目のブラックホーク・スーパー64の乗員たち。作戦の約1月前に撮影したもの。アメリカ軍提供。


 1993年10月3日、ソマリア。アメリカ軍特殊部隊のタスクフォースがターゲットの捕獲作戦を決行した。たった30分で終わるはずの作戦はなぜ、失敗してしまったのか。

 アメリカ軍のヘリ・ブラックホークが2機撃墜され、18名のアメリカ軍兵士が死亡し、73名が負傷した。ソマリア側の犠牲は1000名以上に上るといわれる。

 アメリカ軍がこれだけの死傷者を出したのはベトナム戦争以後、これが初めてだった。この失敗から、90年代、アメリカ政府は、空爆を中心とする軍事行動を選択するか、紛争介入そのものをしないという選択すらするようになる。アメリカの国際戦略に大きな転機を与えるきっかけとなった作戦の全貌を描く。

『解説とレビュー』では、作戦の全容を図解で説明しつつ、作戦失敗の原因を分析。さらに、映画「ブラックホーク・ダウン」の内容について見ていく。

 そして、なぜ、予想外の大規模な戦闘に発展してしまったのかを理解するため、作戦決行前のソマリアの社会・政治状況を解説する。

 最後に、「ブラックホーク・ダウン」の後、ソマリアがどうなったのか、そして海上自衛隊の派遣の可否で問題になった"ソマリア沖の海賊"で有名になり、現在に至るソマリアの状況について見ていく。

 「ブラックホーク・ダウン」というと、デルタ・フォースと陸軍レンジャー部隊という精鋭が作戦に参加したのにも関わらず失敗した作戦、多数の犠牲者を出してしまった作戦、という点に目が行きがちだが、どうせなら、ソマリアとアメリカの関わり、そして、"失敗国家"ソマリアのその後についても理解しておきたい。



【映画データ】
ブラックホーク・ダウン
2001年(日本公開2002年)・アメリカ
監督 リドリー・スコット
出演 ジョシュ・ハートネット,ユアン・マクレガー,トム・サイズモア,ウィリアム・フィクトナー,エリック・バナ,サム・シェパード,オーランド・ブルーム



ブラックホーク・ダウン

↑UH-60ブラックホーク。

ブラックホーク・ダウン

↑作戦に参加した第160特殊作戦航空連隊(ナイトストーカーズ)の用いたAH-6リトルバード・ヘリコプター。アメリカ軍提供。

映画:ブラックホーク・ダウン 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり

★「ブラックホーク・ダウン」作戦図解

 たった30分で終わるはずだった作戦とは ?

ブラックホーク・ダウン.bmp
 
 (1)デルタ・フォースがリトルバードで直接地上に降下、そのまま目標建物に侵入し、容疑者を確保します。

 (2)レンジャー部隊が4班に分かれて、4角にロープで降下、周囲の安全を確保します。隊員が全員降下したあと、そのまま、ブラックホークは空から援護します。
 
 (3)12台のハンヴィー隊が到着、全隊員とターゲット2人をレンジャーの基地まで連れ帰る、という計画でした。

 なお、映画では、作戦に参加したのはデルタ・フォース、陸軍レンジャー部隊、第160特殊作戦航空連隊(ナイトストーカーズ・SOAR)となっています。

ブラックホーク・ダウン

↑ハンヴィー。撮影場所はアフガニスタン。アメリカ国防総省提供。 


★作戦が失敗した理由

 なぜ、失敗したか ?

 原因はいろいろと考えられますが、まず、思ったよりも、アイディード将軍の手まわしが良かったこと。

 アメリカ軍の出撃情報は即座にアイディード将軍に伝達され、市街地のメインストリートの封鎖命令が下されました。映画でもタイヤを焼く黒い煙が映されていました。道路の真ん中でタイヤを焼いて、地上部隊の進行を妨害したのです。

 また、一般市民を民兵の前に押し出して人垣を作らせるなどの手法も取られました。このとき、アメリカ軍は機銃掃射して道を作ったと作戦に参加した当時のアメリカ軍兵士が回想しています。映画にもソマリア人の一般市民を撃ち殺すシーンがありました。

 アイディード将軍のあの手この手の妨害策が効を奏し、結果として、地上部隊の到着が遅れ、帰還する際にも待ち伏せに遭い、地上部隊から初の犠牲者を出してしまいました。一方、第2墜落現場に向かうハンヴィー隊は道に迷ってしまい、到着が遅れるという事態が発生。これは映画にも描かれていました。結果的には救出は間に合わず、機密保持のためにブラックホークを爆破することしかできませんでした。

 さらに、民兵がターゲットとなった建物に向けて素早く集められました。4角に降下したレンジャー部隊の4班は遮蔽物のない場所での民兵との戦闘を強いられた上、1人がヘリから落下するという不幸な事故まで起きてしまいます。

ブラックホーク・ダウン

↑ソマリアにて。左奥に見える白い☆はソマリアの国旗のマーク。国連平和維持軍の兵士も何人か。1992年撮影。


 加えて、実戦経験のある者が少ないアメリカ軍と戦争慣れしている民兵との経験値の差をあげることもできるでしょう。

 デルタとレンジャーの隊員はハンヴィーで撤収する計画でしたが、1機目のブラックホークが墜落したため、墜落現場に向かうように指示を受けました。当時、作戦に参加したレンジャー部隊のある隊員は、墜落現場に向かう途中、「デルタ(の隊員)に前進しろ、と言われたが、怖くて無理だった」と、帰国後のインタビューで答えています。このときは、デルタの隊員が先行し、行く手に潜んでいた民兵を制圧してからレンジャーの隊員を呼んでくれたそうです。

 以上から、アイディード派の民兵の数、抵抗力の過小評価、アメリカ軍の経験不足、地上ルートの検討不足が挙げられるでしょうか。総じて、緊急事態が起きた場合の対応策や代替案が練られていなかったように思われます。レンジャー隊員トッド・ブラックバーンがブラックホークから墜落するという事故が起き、既定の作戦計画から外れ始めたときに立て直しを図ることができませんでした。

 結果的に、1つのトラブルが波状効果をもたらして負の連鎖を引き起こし、損害が拡大していきました。失敗した決定的な原因を特定することはできませんが、少なくとも予想外の反撃に遭い、指揮を執ったウィリアム・ガリソン少将の言葉通り、「主導権を失った」ことは事実なのでしょう。

ブラックホーク・ダウン

↑モガディシオ上空を飛ぶスーパー64(2機目の墜落機)。この日被弾したのは4機。内2機が墜落した。アメリカ軍提供。

★手貸してやるか、CNNで国の崩壊を見るか

 「手貸してやるか、CNNで国の崩壊を見るか」。エヴァズマン軍曹は2つの選択肢を提示します。無政府状態で、騒乱状況が独立以来何年も続いている国があると説明され、単純にどうしたいか判断しろといわれたら、「手を貸すべき」であると、まず回答するでしょう。

 テレビを見ながら、国が崩壊して行くのを見ていればいいとは思いません。ソマリアやルワンダ、コンゴ。90年代にはアフリカで危機的な状況に陥る民族紛争が多発しました。ソマリアに国連平和維持軍を派遣したように、国際社会は積極的な介入をしようと試みていました。

 しかし、無残な失敗に終わったソマリアでの介入。この失敗のために、「ホテル・ルワンダ」で描かれたような悲劇が起きたといっても過言ではないでしょう。ソマリア介入とその失敗の後に勃発したルワンダでのツチ族とフツ族の対立に国際社会は及び腰になってしまい、ルワンダでは満足な対応をできず、ジェノサイドの血の嵐に国連平和維持軍は無力でした。

 「手を貸してやる」。ではどのように手を貸してやればいいのか。貸してやる、と言いますが、相手からすれば、差し伸べられた手は救いの手かもしれませんが、邪魔者の手かもしれません。重要なことは、当事者全員が歓迎してくれるとはいえないこと。

 それを十分に理解しないまま、国連平和維持軍が現地に展開すれば、必然的に反発が起き、反対勢力との武力衝突は避けられません。そうなれば、国連軍と地元民の間に感情的な対立が生じてしまうことでしょう。となれば、今問題になっているのは「手を貸すか、CNNで国の崩壊を見るか」の選択をすることではなく、手を貸すことを前提に、「どうやって手を貸すべきか」という問いなのです。

ブラックホーク・ダウン

↑ソマリアの子供たち。1992年撮影。


★仲間のために

 「最初の一発がかすめたら、政治も何もどうでもよくなってしまうんだぜ」といった兵士がいました。

 そう、最初の一発がかすめたら、その瞬間から、その地は戦場となります。そうなったら、何のためにこの地に来ているのかはまったく関係なくなる。誰のためにこの地にきているのかも。ただ、仲間と生き残るための命をかけた勝負が始まるのです。

 これは戦争の本質。ソマリアの紛争に他国が口をはさむべきじゃないという信念の持ち主であっても、混乱の中で暮らすソマリア人に同情的な者だって、相手が銃を持って撃ってきたら、ためらわずに撃ち返すしかない。軍はその場に派遣されたときから、命令に従って、その通りに動くもの。兵士の行動の結果に非があるとするなら、その責任は派遣決定をした政治家にも向けられねばなりません。

 だから戦闘を生き残った兵士は言います。「俺たちは仲間のために戦い続ける」。彼らが戦う目的は何か、具体的な思想や理想の実現のためじゃない。そうではなくて、もっと近接的な目的、身近で手が届き、自分の行動で左右できるものを目的にする。これはある意味、自分が一つの駒に過ぎないことを前提にした、思考停止的な考え方ともいえます。

 命じられた行動の是非を考えず、自分のしている行動を大局的な見地から考えることもない。自分は今何をしていて、何を目標に走っているのかすら、見えておらず、すべて「仲間のため」と説明づける。

ブラックホーク・ダウン

↑アメリカ兵とソマリア人の子供。1992年撮影。 


 しかし、それ以上のものを現場の兵士に求めるべきではないでしょう。彼らが、命令に従うか従わないかの余地があるなら別ですが、彼らは1人の兵士です。右を向けといわれれば右を向くし、白い猫が黒い猫だといわれれば、それは黒い猫なのです。彼らには判断や選択の余地はない。そんな彼らに、何らかの選択や判断を要求するのは酷です。

 アメリカの地元に戻ると、「なぜ、そんなこと(=戦争で戦うこと)をするのかって皆に聞かれる」と言っていた兵士。彼が何を求めて軍隊に入ったのであれ、軍に入ったのちは、彼に選択の余地はありません。ならば、考えない方が楽だし、考えてもどうしようもないことです。だから、彼は考えない。ただ、「仲間のために戦い続ける」と答える。

 しかし、軍を動かす権限を持つ者は常に、自分が何を目的として、何をするために軍を動かすのかを考えていなければなりません。戦争においては、個々の兵士の個人的な思考は停止され、彼らはただ、命令に従って転がっていきます。途中で、何かを巻き込んで、緊急停止すべきときでも、いったん坂を転がり出した玉はとまりません。その玉を止めるのか、それともそのままにしておくのかを判断するのは、政治家の役割。そして、その判断のミスは大きな悲劇を伴う。軍を指揮する権限を持つ者はその大きな力に相応する責任をも負うのです。

ブラックホーク・ダウン

↑1992年、ソマリアの首都モガディシュの人々と国連平和維持軍の兵士。


★たまたま英雄に… ?

 英雄になるのはなりたがってなるわけではなく、「たまたま英雄になってしまうんだ」。「ブラックホーク・ダウン」の結末の言葉です。

今回の戦闘では誰が「英雄になってしまった」のでしょう ? 死を覚悟で第2墜落地点に救援に向かったデルタ・フォースのゴードンでしょうか、シュガートでしょうか。それとも、同じモガディシオ戦闘で死亡した他16名のアメリカ人兵士たちのことでしょうか。彼らは死んだ後、その勇気を称えられ、アメリカの人々の賞賛を受けました。

 アメリカ軍に反発する一部のソマリア人にとっては、アメリカ軍そのものが、侵略者として嫌悪の対象なのですから、ゴードンらが英雄になることなどありえません。彼らにとっての英雄はアイディード将軍、そしてアメリカ兵にひるまず立ち向かった民兵たちということになるでしょう。

 また、民兵や戦闘に巻き込まれた市民を含め、ソマリア側の人々は約1000名が死亡したとされています(アメリカ軍の事後発表)。無関係の、ただ戦闘に巻き込まれた市民にとっては、アイディード将軍もアメリカ軍兵士もヒーローではありません。彼ら一般市民にとってはこの戦闘に英雄などはいません。

 結局、「英雄」とは相対的な概念に過ぎません。ゴードンらが英雄なのか、それに値するかは、人によって違う。アメリカ軍を支援するソマリア人や、アメリカ人にとっては、死んだアメリカ人兵士たちは英雄かもしれませんが、他方、そうとは考えない人々もいるのです。

ブラックホーク・ダウン

↑ソマリアの首都モガディシュの街を走るミニバン。


 英雄になるのか、それとも、英雄になってしまうのか。「ブラックホーク・ダウン」の結末、1人の兵士が「自ら英雄になろうとする人はいない」と語ります。

 一般的に「英雄」といえば、世間から尊敬され、賞賛される、世間の憧れの対象となる人物が思い浮かびます。しかし、ゴードンやシュガートの行動が英雄を目指して取った行動だったというなら、映画でも言われていたように、それは誤りです。ただ、彼らは彼らの信念に従って、自分が取るべきと考える最善の行動を取ったまでです。彼らはもちろん、ヘリの操縦士を助けるという目的を持っていましたが、究極的には、人間として、どのようにあるべきか、自分に対して、自分の考える正義を尽くしたのです。

 彼らの行為は必ずしも、合理的とは言えません。すぐに地上部隊が着く見込みが薄いことは警告されていましたし、何百人も集まってきているソマリア人を前に、デルタ・フォースとはいえ、たった2人で救援に向かうなど、自殺行為もいいところと言えたでしょう。

 損益で考えた場合、墜落したブラックホークの1人の操縦士のために2人が死ぬのは割に合わない。しかし、彼らは合理的な判断を越えて、自分の正義に熱情を傾けました。助けなくてはならないという信念に取りつかれたようなところがあったのかもしれません。

 彼らの行動を一般的に、兵士がとるべき模範的な行動とほめたたえることはできないし、適確な情勢判断をしたといいきることにもためらいを覚えます。命を賭した彼らの行動は100%完璧な活躍と褒めたたえることはできません。だから、彼らの行動を常に正義を行うヒーローのように持ちあげてしまえば、欠点が見えすぎて、その輝きは色あせてしまいます。

ブラックホーク・ダウン

↑1992年、ソマリアの首都モガディシュ。アメリカ軍兵士とソマリア人の子供。


 彼らの行動は自分自身の正義のための行動です。絶対的な正義のためにした行動ではないし、全面的に称賛されるべき、いわゆる「英雄」が本来取るべき行為であったかも定かではありません。

 ゴードンとシュガートの行動は、その具体的状況下においてのみ、輝きを放つもの。すなわち、アメリカ軍の兵士である彼らが、同じアメリカ軍の仲間を守るために命をかけたという文脈においてのみ、ということです。ゴードンやシュガート以外のモガディシオ戦闘で死んだアメリカ軍兵士16名も、当時のアメリカ政府が命令した作戦の遂行に命を賭けたという文脈においてのみ、賞賛されるものです。

 この場合の英雄とは、全方位から賞賛される人物のことではありません。誰かのために英雄になるのではないのです。誰かに尊敬されたいから英雄になるのではない。英雄になるのは虚栄心を満たすためではない。自分のすべきと考えたことに、命を賭けるほど、必死になったこと。その点を捉えて、人はこの戦闘に、「英雄」の存在を感じるのです。

 兵士の場合、自分の使命に対して必死になるということは命の危険を伴います。だから、そこにはドラマが生まれ、人々の感動を呼ぶのです。政治家が自分の信条に必死になったとしても、命を落とす確率は格段に低いでしょう。しかし、その真剣さは現地で命を張る兵士同様か、それ以上の緊張感と適確性が求められます。

 政治家は兵士の命を左右する命令を下すことができるのです。他人の命を左右しかねない命令を下すことができるというのは他の職業ではめったにないことです。その緊張感が失われたとき、また、新たな「英雄」を生んでしまうことになります。しかし、彼らがそのリスクに怯えすぎて、適切な時期に適切な命令を出すことができなければ、やはり犠牲を生むでしょう。それが、国連平和維持軍が撤退した後のソマリアです。

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↑装甲車両の銃座。イラクにて撮影。


 「ブラックホーク・ダウン」でアメリカ軍の兵士たちが英雄視されているのかどうか、それは必ずしも問題ではありません。アメリカを賛美し、勇気ある兵士の行動を称える映画なのかどうか。結末で語られる「仲間のために戦い続ける」という言葉や「たまたま英雄になってしまうんだ」という言葉、それのみを取り出してしまえば、「ブラックホーク・ダウン」は英雄譚であるようにも考えられます。

 しかし、「最初の一発が掠めたら、政治も何もどうでもよくなってしまう」という言葉を考え合わせてみたとき、そこには、現地で戦う兵士と、本国で政治・外交を仕切る政治家、現実の戦争と机上の戦争の落差が見えてくるのです。

ブラックホーク・ダウン

↑モガディシオ上空をパトロールするアメリカ海軍のヘリコプター。アメリカ国防総省提供。


★混迷するソマリア

 今回の失敗した作戦、それに続くアメリカ兵の死体引きまわし事件と、大局的な国際支援戦略のあり方は本来、別次元の問題です。しかし、この事件をきっかけに、アメリカは軍を引き揚げてしまい、アメリカ軍主体の国際平和維持部隊は全面撤退を余儀なくされました。

 結果は、ソマリアは今に続く名高い「無政府国家」。秩序の崩壊した街では、武力がモノをいいます。市民は毎日、命の危険を感じて生きるしかなく、郊外には女性と子供、老人たちの避難民キャンプができるほどの治安の悪化を嘆くしかありません。このあまりに酷い騒乱状態が今も続いています。

 ソマリア問題は、平和維持任務を放棄して軍を撤退させた当時のアメリカを非難するだけでは解決できません。国連平和維持軍とはいえ、国連軍があるわけではなく、派遣されるのは加盟国の軍隊です。そして、平和維持軍の任務はときとして、戦争と何ら変わらない危険な任務となります。

 誰だって、自国の兵士がむごたらしく殺され、市中を引きずりまわされたなら、撤兵を決断する判断に誤りがあったとは言えなくなるでしょう。そこに、国連平和維持軍の主力をアメリカ軍に頼る現在の事実上のシステムの問題点があるのです。

 アメリカがこければ、平和維持軍全体もこけてしまう。また、平和維持軍の枠をはみ出るアメリカの勝手な行動を抑止することもできません。ソマリアでの今回の作戦もそうでした。アメリカはこのとき、平和維持軍の一員としてデルタとレンジャーのタスクフォースをソマリアに派遣したのではありません。

 当の特殊部隊の兵士たちがどう思っていたにしろ、彼らは平和維持軍の任務である「ソマリアの治安維持・物資配給の支援」のためではなく、「アイディード将軍の捕獲・抹殺」のために送り込まれたのです。その意味で、今回の作戦は国連の意図しないところでのアメリカの一方的な武力行使でした。

ブラックホーク・ダウン

↑ソマリアの子供たちと遊ぶ国連平和維持軍関係者。1992年撮影。


 確かに、国連がアメリカの一方的な行動に歯止めをかける力もなければ、アイディード将軍を抑え込む力もなかったのは確かです。しかし、この特殊部隊投入作戦の失敗がアメリカ軍全軍の撤退、ひいては国連平和維持軍の全軍完全撤退につながってしまい、結果的にはソマリアにおけるPKO全体が失敗してしました。ソマリアにはアイディード派の暴力的なやり口に閉口して、国連平和維持軍による治安回復に期待している人々もいました。

 「ブラックホーク・ダウン」でも、車両に置いていかれ、市内を走り抜けてきた兵士たちをソマリアの人々が迎えていたシーンがあったように。この出迎えのシーンは創作ですが、このような気持ちを持って迎えてくれた人々も確かにいたのです(マラソンさせられたことは事実です。彼らは置き去りにされて走らざるをえませんでした。モガディシオ・マイルと呼ばれるエピソードです)。

 しかし、作戦の失敗で、たとえ、アイディード派の反対勢力であれ、実力行使で自国の有力者の暗殺に踏み切るアメリカ、ひいては国連をソマリア人が大っぴらに支持することは難しくなってしまいました。アメリカの独断による特殊部隊作戦の失敗は、その作戦が失敗するだけでは済まない、甚大な影響をソマリアPKO全体に与えてしまったのです。

 その後、ソマリアはずっと放置され、見捨てられることになりました。何らかの手が差し伸べられない限り、ソマリアの混乱は果てしなく続くことになってしまうでしょう。

 ソマリアは「無政府国家」そして、近年は「海賊」で有名になりました。アフリカの一国家が無政府状態であることは世界、特に先進国にさほどの利害関係を持ちませんが、ソマリアが海賊の基地になってしまうことは世界にとって損害が大きいとみなされたのです。

 ソマリアには目立った鉱物資源もなく、先進国が介入に踏み切る利害関係や経済的な動機に乏しい国です。しかも、一度、"国連を追い払った"ソマリアは国際社会にとってできれば触りたくない古傷でした。しかし、そのソマリアから海賊が出没し、経済活動が阻害され、人命が脅かされるというなら話は別というわけです。

ブラックホーク・ダウン

↑右上の赤線円部分が海賊多発地帯のソマリア沖。正式名称はアデン湾。海上自衛隊も展開している。衛星写真。NASA提供。

ブラックホーク・ダウン

↑2001年創設の第150合同任務部隊。9.11後の対テロ戦争の一環として部隊が創設されたが、海賊被害の増加に伴い、海賊対策が主任務になった。ドイツ、日本、ニュージーランド、イタリア、アメリカが参加。アメリカ海軍提供。

 海賊の集団はソマリアに拠点を置いているといわれていますが、ソマリアには取締り機関はもちろん、法律もなく、裁判所もありません。現在は一応の中央政府ができましたが、ソマリア全土を完全に掌握しきっておらず、国内の治安維持すら満足に保てない状態です。

 また、主だった産業がなく、武器取引や略奪が外貨取得の主要手段となっている無法地帯で、海賊を捉えても、また次の海賊が台頭してくるだけ。まずは、ソマリアに安定した中央政府を作って国内の治安を安定させ、海からの取り締まりと内陸部での拠点の取り締まりと両面作戦を取っていかなくては、到底、海上治安の回復は望めないでしょう。

 皮肉なことに、国際社会から長年放置された「無政府国家」は「海賊」で再び、世界の注目を集めるようになりました。

 「ブラックホーク・ダウン」は確かに悲劇でした。しかし、その事件ばかりに目を取られ、"木を見て森を見ず"、になってはなりません。「ソマリアってひどい国だね」、で終わらせてはならないでしょう。その悲劇の先には見捨てられた失敗国家の現実が待ち構えているのです。

ブラックホーク・ダウン

↑ソマリア沖で船を乗っ取った海賊。中央の甲板に並ぶのは人質にされた乗組員。アメリカ海軍提供。


★ソマリアとアメリカ

 ブラックホーク・ダウンだけを見ていると、ソマリアとアメリカがいったいどういう関係にあったのかが良く分かりません。そこで、ブラックホーク・ダウンが起きてしまったこのモガディシオ戦闘の前に、ソマリアがどのような状況にあったのかを簡単に概観しておきましょう。

ブラックホーク・ダウン

↑ソマリアの地図。 薄いピンク部分がソマリアの国土。水色で区切った部分より左側が独立を宣言しているソマリランド(後述)。画像はアメリカ中央情報局(CIA)提供。

 ソマリアは変わった形の、直角に突き出した沿岸線を持つ国です。北部ソマリアはイギリス保護領とされて統治され、南部ソマリアはイタリアの信託統治領でした。第2次世界大戦後の1960年に北部と南部が統一ソマリアとして独立。

 しかし、誕生した中央政府は南部の民族を優遇する差別的な政策をとります。予算配分や大臣・官僚の登用、工業化の支援でも、北部は冷遇・圧迫され、北部ソマリアには不満がうっ積していきました。また、南部ソマリアも一枚岩ではなく、熾烈な権力闘争が続きます。

 独立から9年後の1969年にクーデターが起き、シアド・バーレが大統領になりました。彼は軍事圧政・人権侵害を大規模に行いながら、ソマリアを統治。隣国のエチオピアが親ソ連の立場をとったことに対抗するため、バーレ大統領はアメリカに急接近。アメリカ政府から大量の武器供与と資金援助を獲得し、権力基盤を強化しました。

 しかし、圧政を受けた北部ソマリアの不満がついに爆発。足元の首都モガディシオでも、北部とは別の勢力によるクーデターが起きます。ついに、1991年、バーレ大統領は追放されました。

 しかし、首都でクーデターを起こした勢力が、内部分裂。熾烈な権力闘争を繰り広げ、ついに武力闘争に発展。このときの片方の主力になったのが、アイディード将軍でした。結局、クーデター後に中央政府は崩壊したまま、ソマリア全土が内戦状態となります。

 日本でもかつて、武将が群雄割拠して全国統一を目指した戦国時代と呼ばれる戦乱の時代がありました。ソマリアはこのとき、まさに"戦国時代"に突入したのです。族長・氏族対立を基本とし、それにイデオロギー、宗教対立が重層的に加わり、武装勢力が群雄割拠する無秩序状態になります。

 南部のこの状況に愛想を尽かした北部ソマリアはクーデターの起きた年と同年の1991年、一方的な分離・独立を宣言。「ソマリランド」と称し、現在に至ります。ソマリランドは現在は南部に比べてはるかに治安が安定しており、外国人が訪問することも、危険ではありますが、可能な程度の状況です。

ブラックホーク・ダウン

↑ジョージ・H・W・ブッシュ大統領。1989-1993年1月20日までの任期を務めた。1989年撮影。アメリカ大統領行政府提供。

 国連は91年のクーデター・中央政府崩壊を受けて、92年から国連平和維持活動を開始。92年12月には、活動が強化され、ここで初めてアメリカ軍を中心とする多国籍軍が投入されます。大統領職の任期終了を1月に控えたブッシュ大統領(父)は、12月に海兵隊2万人を国連平和維持軍として派兵する決定をしていました。

 この平和維持軍の役割は、国連が行う物資配給を援護するというものでした。当時、モガディシオを牛耳っていたアイディード将軍が物資を横取りしたり、物資を受け取った人々を殺すなどの事件が多発していたためです。

 この活動は一定の成果を収めました。アメリカ軍を主力とする多国籍軍の展開はアイディード将軍にも、心理的威圧感を与え、ソマリアには武装勢力による連合政権が樹立されます。しかし、アイディード将軍は好機をうかがっていました。アメリカ軍はいつか撤退する。そのときになったら…と。そのチャンスはすぐに巡ってきます。

 92年12月から展開を始めた海兵隊は翌年・93年の春には撤退を開始したのです。半年にも満たない駐留でした。アイディード将軍が待ち望んだ瞬間です。彼は活動を活発化させ、モガディシオに残っていた国連平和維持軍及び、敵対する武装勢力への攻撃を命令します。

 そして一般市民には反米宣伝を開始。ライフラインの限られた社会では、満足な情報はいきわたらず、武装勢力が抱えるラジオ局の情報や、現地民同士のうわさや口コミがモノをいいます。アイディード派の宣伝はあっという間に浸透し、人々に反米感情が広がり始めました。

ブラックホーク・ダウン

↑ソマリア、モガディシオに展開した国連平和維持軍のパキスタン軍兵士。


 業を煮やした国連は93年の6月10日、アイディード派のラジオ局に強制立ち入り検査を実施し、アイディード将軍の影響力を削ごうとします。これに猛反発したアイディード将軍は連平和維持軍のパキスタン兵士24名を殺害、手足を切断しました。これを受け、国連のジョナサン・ハウ事務総長特別代表は2万5千ドルの懸賞金をアイディード将軍にかけると発表しました。

 ところが、これが逆効果。2万5千ドルといえば、220万円くらい。この懸賞金は安すぎる、ソマリア人をバカにしている、と人々が猛反発したのです。さらに、国連平和維持軍がアイディード派の一掃という目的を掲げて、大規模な掃討作戦を開始。アイディード派の幹部を狙って発射されたミサイルの爆発で50〜70名の一般市民が巻き添えになるという事態が発生しました。

 93年8月にはアメリカ軍のトラックが攻撃されて4人が死亡します。これをきっかけに、父ブッシュ大統領から政権を引き継いでいたクリントン大統領は特殊部隊を派遣することを決定しました。特殊部隊の任務は、以前派遣された海兵隊と違い、治安維持ではなく、アイディード将軍の捕獲が目的です。

 このころには、アイディード将軍は、自分が逮捕されたら、モガディシオ市民も殺されるといううわさを流していました。また、アメリカ人によりキリスト教に強制的に改宗させられる(ソマリアは大半がムスリム)、子供が殺されるというような反米宣伝を行っていました。

 そのような状況下、8月から9月にかけて首都モガディシオで特殊部隊は活動を進め、9月にはアイディード派幹部の1人を確保しました。そして、さらに幹部を逮捕しようと狙ったのが、10月3日、問題のブラックホーク・ダウンの日なのです。

ブラックホーク・ダウン

↑ソマリアの首都モガディシュにあった国連の施設。ドイツ・韓国・カナダの国旗が見える。


 ブラックホーク・ダウンの後に何が起きたか。アメリカは即時撤退。主力のアメリカ軍を失った国連平和維持軍は活動を維持できず、事件の翌年、94年に完全撤退を決議。95年3月にはソマリアから撤退完了。以降はソマリアはまったく援助されず、完全に放置されました。

 秩序回復、政権樹立への動きを見るには、その約10年後の2004年10月まで待たねばなりません。

 この2004年から連なる統一政府樹立への試みは2009年現在へと続いています。ただし、かなり足元がふらついている状態であり、予断を許しません。

 それに、10年以上に渡る内戦で国民の生活環境は荒れきっており、その状態から立ち直るには、中央政府をつくるという政治的努力だけではなく、電気・水道・ガスなど基本となるライフラインの整備、警察官や兵士を始めとする治安維持任務に当たる職員の拡充、そして、公務員の汚職をなくす必要があります。また、産業を育てて、工業化を進めるなど、経済面でも多くの努力が必要です。

 現在のソマリアは新政府の汚職がひどく、警察官や兵士が恐喝をしたり、市民を誘拐して金銭を要求するなど、公務員の職務意識が非常に低く、国家の基本的な部分が機能していません。兵士や警察官は武装勢力の民兵として活動していたときの意識が抜けていないのです。

 ソマリアにできた新政府が、新たな利権の温床となってしまえば、今までの武装勢力支配と何ら変わりがありません。いずれ、再び、争いが起きます。

 平和に、安全に生活をしたい普通の一般市民にとって、ソマリアの夜明けはまだまだ遠いといわねばならないでしょう。

ブラックホーク・ダウン

↑UH-60(ブラックホーク)。イラクのキルクークにて撮影。
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