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ベンジャミン・バトン 数奇な人生

映画:ベンジャミン・バトン 数奇な人生 あらすじ
※レビュー部分はネタバレあり

 名作「ファイト・クラブ」の監督デヴィッド・フィンチャーとブラッド・ピットが再びタッグを組んだ。ブラッド・ピットが次第に若返っていく男、ベンジャミン・バトンの生涯を演じ、ケイト・ブランシェットが彼の人生を見守ることとなる運命の人デイジーを演じる。

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 ベンジャミン・バトンはこう書き記す。

 「生まれたときと同じように何も持たずに死んでいく。私の一生を覚えているうちに書いておく。私の名はベンジャミン・バトン。人とは違う星の下に生まれた…」。

 ベンジャミンは生まれたときには80歳の老人の体を持つ赤ん坊だった。数年の命を宣告されるも、彼はどんどん若返っていく。そして、彼は運命の人デイジーと出会うのだった。数奇な人生を生きたベンジャミン。彼はその人生を通して様々なことを見聞きし、経験した。そして、訪れた死。

 老いていくのに外見は若返っていく。周囲の人間たちとは老いの歩調が違う。それがベンジャミンの苦悩を生み、そして、ベンジャミンにデイジーという最高の人を与えた。苦しみがあるからこそ、愛が何かを知る。

 今は老いたデイジーが愛娘のキャロラインとともに、ベンジャミンの生きた数奇な人生を振り返ることから始まる物語。生きるとは何か、死ぬとは何か。人間に訪れる生と死、そしてたゆとう時間の流れを描く心に迫る作品。



【映画データ】
ベンジャミン・バトン 数奇な人生
2008年(日本公開2009年)・アメリカ
監督 デヴィッド・フィンチャー
出演 ブラッド・ピット,ケイト・ブランシェット,ティルダ・スウェイントン,ジェイソン・フレミング,イライアス・コティーズ,ジュリア・オーモンド,エル・ファニング,タラジ・P・ヘンソン,マハーシャラルハズバズ・アリ,ジャレッド・ハリス



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映画:ベンジャミン・バトン 数奇な人生 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり

★ベンジャミン・バトン 数奇な人生―簡単なあらすじ―

 1918年、ニューオリンズの駅に開駅記念の時計が掲げられることになりました。その除幕式には時の大統領セオドア・ルーズベルトも出席していました。しかし、披露された時計を見て人々はざわめき立ちます。時計の秒針が逆回転しているのです。「時を戻せば、戦死した息子たちが帰ってくる。申し訳ないがこれが私の時計だ」。時計職人のガトーは戦争で息子を失っていました。彼の深い悲しみが時を逆に刻む時計を作ったのでした。

 時を同じくして、ニューオリンズの街にベンジャミン・バトンが誕生しました。父親は彼を見て驚愕しました。赤ん坊はしわくちゃの顔をしていたのです。ベンジャミンは生まれたときから80歳の体を持つ小さな老人でした。捨てられたバトンを育ててくれたクイニーは老人介護ホームに住み込みで世話をする仕事をしている女性でした。"小さな老人"ベンジャミンは入居者の老人たちに囲まれて成長していきます。彼の場合、成長とは若返ることでした。

 若返るといえば聞こえはいいのですが、彼の場合、時を経て赤ん坊になっていくことを意味していました。ベンジャミンは生涯愛する人デイジーを伴侶に得て、娘も誕生しています。しかし、次第に普通に老化するデイジーと違い、若返っていくベンジャミンはデイジーや娘と一緒に年を取ることができません。デイジーは「全て受け止めるから」とベンジャミンに言うのですが、ベンジャミンは娘に必要なのは一緒に年を取る父親だと考えるようになりました。「永遠はないんだなって。残念だけど」。ベンジャミンは家を出ていってしまいました。

 10数年も経ったのち、ベンジャミンはふらっと家に戻ってきます。デイジーは再婚していました。デイジーは突然の来訪に驚きますが、ベンジャミン自身もなぜここに戻ってきたのか分かっていませんでした。「永遠なんてない」という彼女にベンジャミンは「永遠はあるよ」。それがベンジャミンとデイジーが最後に交わした愛の時間でした。

 さらに何年もの長い時間が経過し、老いたデイジーは一本の電話を受け、ベンャミンの養母クイニーがかつて勤めていた老人介護ホームに向かいました。ベンジャミンが児童福祉局に保護されたというのです。ベンジャミンは、すっかり記憶を失くし、少年の姿になっていました。ベンジャミンは初期の痴呆症を患っていたのです。

 ホームに転居してきたデイジーとともに老いていったベンジャミンは赤ん坊の姿で人生を終えていきました。デイジーの腕に抱かれて眠るように亡くなったのです。亡くなる直前、赤ん坊になったベンジャミンはデイジーの顔を見上げ、デイジーが誰かを思い出した、そうデイジーは語っています。

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★老いることの恐怖

 老いることへの恐怖。デイジーはそれを繰り返し口にします。とりわけ、バレリーナからの引退を余儀なくされた彼女にとって、老いて、かつてのようなしなやかな体で踊れなくなっていくことは彼女の気持ちを暗くするものでした。

 水泳に行っても、隣のコースで泳ぐ若い女性のようには泳げません。息を切らし、プールサイドに手をつくデイジーは自らの老いを感じていました。なにより、隣にいるベンジャミンの姿は彼女の老いを余計に自覚させてしまいます。

 しわ一つないベンジャミンと、しわが増える一方のデイジー。若返っていくベンジャミンの容貌はなおさら、デイジーが老いていることを感じさせました。「永遠に完璧なものなどないと彼女は分かっていた」とベンジャミンは言います。デイジーは老いることへの恐怖を克服しようとしていました。

 時の流れを止めることはできません。「私は若すぎないし、あなたは老い過ぎてない」。このちょうどいい時点に時を止めることができたなら。永遠に幸せな2人の時間が過ごせるでしょうに。しかし、それは望めないことです。時の流れは止まることのない川の流れのように、とうとうと流れていくもの。「もう2度と自分を憐れんだりしない」。デイジーはこれから訪れるだろう老いに対して覚悟を決めていました。

 妊娠したデイジーは父親になることへの不安を隠せないベンジャミンに「何年でもいいから父親になって。全て受け止めるから」と訴えます。しかし、ベンジャミンはどんどん若返っていく自分に耐えきれませんでした。彼は家を出て行ってしまいます。ベンジャミンにはデイジーと同じ"覚悟"ができていなかったのです。

 いずれ、赤ん坊にまで若返っていくしかないこの体をベンジャミンは持て余していました。彼はデイジーと過ごした幸せな時間の記憶をそのままに留めておくため、デイジーに赤ん坊になった自分を世話させるという負担をかけないため、そして、「一緒に年を取る父親」を娘に与えるために家を出ていくことにしたのです。

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★ハチドリ、永遠の愛

 デイジーにとってこのベンジャミンの行動は意外なものでした。全て受け止める覚悟をしていたデイジーにとって、ベンジャミンの気遣いは頭では理解できても、心では理解し難いものだったのです。「しわだらけになっても、私を愛せる ? 」とデイジーはベンジャミンにたずねていました。

 愛とは何なのか。お互いの美しさや若さを愛するだけが愛ではありません。その人の人生を全て受け止めることのできる者が本当の愛を手に入れられる。ベンジャミンと過ごした楽しい幸福な時間だけが愛の記憶ではないはずです。辛いこと、苦しいことを全て包容することが本当の愛。

 10年以上たってから戻ってきたベンジャミンがデイジーに会いに行った理由はそこにあります。ベンジャミンは1人世界を放浪するうちに孤独を知り、その孤独によって愛を知りました。ベンジャミンが子供時代に出会った、黒人のオティという男がいます。彼は世界中を旅して「人は皆孤独だ」ということを知ったといいます。

 ベンジャミンもオティと同様に世界を旅して孤独を知りました。孤独を知る人はそれまでに自らが得た愛を再認識することができます。ベンジャミンもデイジーと愛娘キャロラインへの愛を知りました。だから、ニューオリンズの街に戻ってきたのです。

 再婚し、新しい家庭を築いていたデイジー。成長した娘のキャロライン。「永遠なんてない」というデイジーに、ベンジャミンは「永遠はあるよ」。かつて永遠なんてものはない、そう考えていたベンジャミンはこの世に「愛」という永遠なるものがあることを知りました。そして、その愛は本物でした。過去の記憶を失くしたベンジャミンはデイジーに看取られて死んでいきます。

 その後、死期の迫ったデイジーの病室には外は大嵐だというのにハチドリの姿が見えました。それは、デイジーの見た幻想だったのか。「ハチドリは普通の鳥じゃない」とクラーク船長が言っていました。「ハチドリの羽ばたきは数字の8の字を描いてる。8は数学では何の意味か知ってるか ? 無限大だ ! 」デイジーがこれから向かう先にはベンジャミンが待っています。そこには、永遠の愛。永遠の時間があるでしょう。ハチドリはデイジーにベンジャミンとの"永遠"を約束しているのです。

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★逆戻りする時間

 駅に置かれた記念時計の秒針が逆回りし始めたときにベンジャミンが生まれました。息子を失った時計職人の悲痛な願いはベンジャミンの人生を逆回転させてしまったのでしょうか。時の流れは変えられません。時計の針を逆回転させても、人を生き返らせることはできないし、人が死ぬことを止めることもできません。

 「はらわたが煮えくりかえる。運命の女神を呪いたくなる。でもお迎えが来たら行くしかない」。第2次世界大戦で負傷したクラーク船長はこういって死んでいきました。帰国したベンジャミンは自分の父を看取ることになります。やはりベンジャミンはクラーク船長と同じ言葉を手記に書き記しました。「お迎えが来たら行くしかない」。

 死は何人にも平等に訪れます。この世に生きる全ての人に人生の終わりはやってくるのです。そして、人は皆、愛する人を失う辛さを知ります。ベンジャミンにピアノを教えた老婦人は「失って初めて辛さが分かるの」と言っていました。

 人は限られた時間を生きます。死は常に訪れます。そうならば、その時間の中で何ができるのでしょうか。「人が生まれ、人が死ぬ。さまざまな人生があった」。ベンジャミンはそう自分の人生を振り返りました。川のほとりで暮らす人、雷に打たれた人、音楽の得意な人、アーティスト、ダンサー、泳ぐ人、ボタン職人、シェイクスピア好き、母親…。

 ベンジャミンはその数奇な人生の中で様々な人に出会い、そして成長してきました。外見はともかく、ベンジャミンは時の流れとともに歩み、成長してきたのです。「望みはきっとかなう。いつ始めてもいいんだ」「道を見失ったら自分の力でやり直せばいい」。娘のキャロラインに向けて書き連ねられたベンジャミンの言葉は彼の人生の軌跡をそのまま表しています。

 かつて駅に掲げられていた、あの逆回転して時を刻む記念時計は外され、デジタル・クロックにかけ替えられてしまいました。古時計は倉庫に置かれ、その針は相変わらず逆回転しながら静かに時を刻んでいます。

 そこに押し寄せてくる大量の水。ハリケーンのせいで倉庫が冠水したのでしょうか。ベンジャミンがその人生を終えたように、この水に飲まれて時計は静かに針を止めるでしょう。

 この世では日々、多くの人が生を受け、多くの人が生を終えていきます。人生は時の流れに乗って流れていくもの。針を止めた時計も、生を終えた人間たちも、たゆまなく流れる時の流れの中へ永遠に飲みこまれていくのです。

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