※レビュー部分はネタバレあり
→[REC/レック]の『解説とレビュー』はこちら([REC/レック2]の前作です)


[REC/レック]の続編、[REC/レック2]。あのアパートでの惨劇から数時間後、Dr.オーウェンとSWAT隊員3名が封鎖されたアパートへと調査のために入ることになる。防護服に防疫マスクを付けた4人はアパートへと入っていく。それは新たな惨劇の幕開けだった。
前作の結末から数時間後の展開を描いているところがユニークな続編。主観撮影の方法も健在だ。今回はSWAT隊員のヘルメットに装備されたカメラによる映像あるいは家庭用ビデオカメラによる撮影という趣向になっている。映像を撮っている人の感情がじかに伝わってくるという点では、主観撮影とはいえ、客観的な映像の多かった[REC/レック]よりも、より臨場感が楽しめるかもしれない。
前作のような感染者との格闘、ウィルス感染の恐怖よりも、悪魔憑きの恐怖が強調され、よりオカルト色が強い作品になっている。ほぼ、全編通して感染者との闘いが続き、パニック・ホラーらしい展開だ。[REC/レック]にはさまざまな謎があったが、[REC/レック2]ではその謎解きがされ、過去の経緯が明らかにされている。[REC/ レック]の結末で触れられていた最上階の部屋の秘密について、より説明が加えられているし、前作の登場人物が引き継がれているので、前作を観賞してからの方がより楽しめるだろう。
【映画データ】
[REC/レック2]
2009年・スペイン
監督 ジャウマ・バラゲロ,パコ・プラサ
出演 ジョナサン・メヨール,オスカル・サンチェス・サフラ,アリエル・カサス,
アレハンドロ・カサセカ,パブロ・ロッソ,マニュエラ・ヴェラスコ

映画:[REC/レック2] 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり
★感染の恐怖
[REC/レック2]では、感染が広がるメカニズムと悪魔憑きについて明らかにされています。Dr.オーウェンによれば、「空気感染はしない」。そして、ウィルスは「血や唾液の中」にあるとのこと。すなわち、感染者に噛まれたり、感染者の血や唾液を体内に取り込んでしまうような接触をすると感染する可能性があることになります。
Dr.オーウェンは、生きた感染者を捕えては次々に問い詰めようとしていました。ジェニフェル、SWAT隊員のマルトス、そして外から忍び込んできた若者3人組のひとり、ティト。尋問しようとした感染者ジェニフェルを殺してしまい、それならマルトスを尋問しようと感染したマルトスを閉じ込めた部屋に行ったところ、ティトやミレら若者たちがマルトスを殺してしまったため、代わりに感染したティトを捕えて尋問するという流れでした。
悪魔憑きと感染者はどのような関係にあるのでしょうか。アンヘラの内部にいる悪魔が分身して、感染者たちの体に宿っているのか、それとも、Dr.オーウェンのように神の力を借りれば、感染者を通して悪魔が出現するのか。
Dr.オーウェンが感染者を探し、尋問していたのはメデイロスを探すためです。メデイロスの行方を捜していたのは、彼女に悪魔が憑いているから。その彼女の血液を採取し、解毒剤を作るためです。単純な感染者には悪魔が宿っておらず、オーウェンの目的は達せられません。悪魔が憑いた者の血液でなくては、解毒剤を作るというDr.オーウェンの目的は達せられないのです。
従って、感染者は悪魔を媒介できるに過ぎないというのが正解でしょう。ウィルスに感染した者は悪魔の媒体になることができる。これも「悪魔憑き」の定義に含めるならば、感染者たちも全員悪魔憑きであることになります。しかし、悪魔を常に宿すのはただ一人だけ。それはメデイロスの後を継いだアンヘラです。

★悪魔に憑かれたアンヘラ
Dr.オーウェンがアパートへ来たときには、既にアンヘラに悪魔は乗り移っていました。結末、捕えたアンヘラの口に、メデイロスの口からナメクジのような悪魔の本体がぬるりと入っていくシーンがあります。
アンヘラは他の感染者と違い、人間を見たら襲いかかってくるということはありません。悪魔に、完全に行動を制御されています。血色もよく、表情も憑依される以前のままで、外見からはアンヘラの変化は分かりません。もしかしたら、アンヘラはウィルスには感染していないかもしれません。彼女は単純に悪魔に侵入されている状態にあるだけの可能性もあります。

★悪魔の皮肉な笑い
悪魔は実に愉快だったでしょう。Dr.オーウェンがどれだけ感染者を厳しく尋問しても、悪魔には痛くも痒くもありません。悪魔が宿るのはDr.オーウェンと行動を共にしているアンヘラだからです。あとは、Dr.オーウェンと遊ぶだけ。Dr.オーウェンが「お前も悪魔のように賢い男だな」と感染者となったティトに言わせるシーンがあります。「悪魔のように」ということは、悪魔もDr.オーウェンと同じくらいに賢いということ。しかし、その実、見当違いの尋問をしているDr.オーウェンに対する悪魔の冷笑が聞こえてきそうです。
Dr.オーウェンは「神の力」によって、「すべての敵に勝つ能力を得た」と語っていました。しかし、その「神の力」はアンヘラに宿る悪魔を見抜く助けにはなりませんでした。Dr.オーウェンを殺し、唯一の生存者としてアパートを出ていくのはアンヘラ。どうやら彼女はこのアパートを燃やし、全てを終わりにするつもりのようです。

★天使か悪魔か
正義を貫く天使の側にいることよりも、自らの欲望のままに振舞える悪魔でいることの方が容易です。現実に生き抜くためには、常に天使の側に立ち続けることは難しい。Dr.オーウェンとSWATのメンバーとの対立を見ていてもそれが分かります。SWATのメンバーは階下に見えた3人組を追いかけて下へ行くことを選びました。「生存者を捜すことも」任務だと主張するSWATのチーフと「我々の任務はここを調査することだけ」だと主張するDr.オーウェンの主張は真っ向から対立します。
Dr.オーウェンは何よりも、メデイロスの血液が欲しかった。一方、SWATは生きている人間を見殺しにはできないと考えた。悪魔憑きの血を持って帰れば、解毒剤を作ることができ、これから起きる被害を防止できる。しかし、安全かつ迅速に持ち帰るためには、目の前の生存者を見殺しにせねばならない。
正義を貫徹し、常に天使の側に立とうとするならば、誰も見殺しにはできません。生存者を助け、解毒剤をも作るという両方を達成せねばならないことになる。しかし、現実は非情です。生存者を助け、メデイロスを探し、血液も持ち帰るなどという芸当はほぼ不可能に近い。
「理想」という正義はすぐに打ち砕かれます。最初、生存者を救出しようとしたSWATのメンバーは次々に感染者となり、残されたチーフはDr.オーウェンの言うがままになっていきました。結局、下水道から侵入してきた若者3人組のうち、生き残ったミレらは閉じ込められ、アパートごと燃やされる運命へと追い込まれます。
付け焼刃の理想はすぐに幻滅に取って代わられます。生存者を助けると主張していたSWATのチーフは結局、生存者ミレらを一室に閉じ込めることになってしまいました。全ては、メデイロスの血を採取し、Dr.オーウェンを納得させて、早くこのアパートから出るためにしたことです。
この命がかかった状況で、生き残るには早く血を採取して、Dr.オーウェンにこのアパートから出る許可をもらうしかなくなっていました。そうなれば、生存者のことまで、とても手は回らない。この極限状況においては、生き残ることが至上命題になっていました。
アパートに侵入した直後の甘い理想は厳しい現実の前にたちまち砕け散っていきます。天使の白い羽はあっという間に血に染まっていきました。正義を貫徹することなど、最初から不可能でした。自らの命をかけた状況で、それでも正義を追いかけることなどできない。恐怖にとりつかれたこのアパートのなかで、それはあまりにも脆い理想でした。

★人間か悪魔か
アパートに侵入し、最上階の捜索を一通り終えたSWATを最初に出迎えたのは凶暴化した子供でした。しかし、彼らは撃てない。奇声を上げて叫び続ける子供を前にチーフらは硬直していました。「撃て!悪魔だぞ!」子供を撃ち殺したのはDr.オーウェンでした。
ワクチンを作るための人体実験、その結果、凶暴化した子供。そして、これ悪魔と呼び、撃ち殺す。少女メデイロスは長年の監禁生活の末、殺される。子供に襲われる直前、SWATの隊員らは血だらけの子供が映る写真を発見していました。これはワクチンを生成していたときの実験の過程を写したものと思われます。一体、悪魔と呼ばれるにふさわしいのは悪魔か人間か。

★憑かれた者たち
Dr.オーウェン、SWATのチーフ、そしてアンヘラ。皆、何かに取りつかれていました。メデイロスの血を採取することに執心するDr.オーウェン。感染、そして悪魔憑きの恐怖の虜となったチーフ。悪魔にとりつかれたアンヘラ。Dr.オーウェンは任務の完遂に対して最初から異常な執心を見せていました。子供であっても容赦なく感染者を殺し、生存者を見捨てるよう主張して彼らを閉じ込め、感染者に対して容赦ない尋問を加える。
Dr.オーウェンにとって、生存者は任務の完遂を阻害する者、感染者はすべて悪魔です。いや、彼にとっては感染者など、そもそも生き物ですらない。メデイロスの血に行きつくための手掛かりに過ぎません。彼らが人間であるなどという意識はDr.オーウェンにはとっくになくなっていました。彼はメデイロスの血、悪魔憑きの研究に魅入られていたのです。
Dr.オーウェンは仲間のSWAT隊員たちを絶対に外に出そうとしません。彼はメデイロスの血のためなら、誰を犠牲にしてもかまわないと思っていました。そして自分は死ぬわけがないと思っています。なぜなら、彼には「神の力」が宿っているから。神の力を得た自分は生き残り、メデイロスの血を得ることができるはずだ、彼はそう確信していたでしょう。Dr.オーウェンは特別な人間ではない。神に選ばれし子でもない。彼はただ、どこにでもいる自信過剰で視野の狭い人間の一人でした。自らに神の力があると思い、悪魔を制す使命があると思い、自らを他の人間よりも上位にあると位置付けて生きてきた傲慢な人間でした。彼の、犠牲者に対する痛みを感じないところはまるで悪魔のようでした。
ティトに憑依した悪魔が彼を「悪魔のように賢い」と言っていました。これは、Dr.オーウェンの他人の犠牲を省みない行動がまるで悪魔のようだ、という意味にも取ることができます。悪魔のように考え、悪魔のように振舞うDr.オーウェン。しかし、彼にはそのような意識はありません。
Dr.オーウェンは「神」と「悪魔」のとりこになった哀れな男でした。神の力を得たと語りつつ、メデイロスの血という任務の前には容赦なく生存者を見捨て、仲間の命すらいとわない。「悪魔のように賢い」と悪魔に言わしめるDr.オーウェンには他人の命に関して無頓着である点において、悪魔に共通する部分を持つ男でした。

★生きるために
そして、SWATのチーフ。彼は最初、生存者の救出に意気盛んでした。しかし、すぐに感染者の恐怖を身に染みて知らされ、生きるために必死になることになりました。チーフはDr.オーウェンが任務の終了まで外には誰も絶対に出さないと決意していることを知り、Dr.オーウェンに従うしか外に出る道はない、と妥協することにします。たとえ、そのために誰かを犠牲にすることになったとしても。
それからのチーフに迷いはありません。Dr.オーウェンとともにジェニフェルを殺し、生存者ミレらを一室に閉じ込め、感染者となった仲間の隊員を尋問するよう、Dr.オーウェンに提案します。部下を気遣い、感染した子供を殺すことを躊躇していたあのころの心は既に消え去っていました。彼の頭にあるのはただ、逃げることだけ。Dr.オーウェンを殴り、脅しつけ、外に出るように脅迫するアンヘラをチーフは見ているだけでした。
アンヘラがメデイロスの頭を吹き飛ばした結果、Dr.オーウェンはメデイロスに悪魔が宿っていたかを確かめるすべを失いました。彼はまたも、悪魔憑きの血を手に入れることに失敗したのです。彼は「血がいるんだ!」となおも固執します。このままではまたも脱出できない。
チーフも外に出たいのです。もう、こんなアパートには居たくない。だからDr.オーウェンに暴力を振るうアンヘラをとっさには止めようとはしません。銃をリロードし、Dr.オーウェンを殺そうとするアンヘラにようやくチーフは「彼がいないと出られない」と言うだけ。音声認証式の無線を使えるのはDr.オーウェンだけです。チーフは逃げるためにDr.オーウェンの声が必要だと思い、アンヘラに彼を殺されるのはまずいと思ったのです。これが、あの感染した子供を殺すことをためらっていた数時間前のチーフとはとても思えません。

★人間でありたい
アンヘラは悪魔に乗り移られ、自身の意識を失いました。暴力的で人をも殺すアンヘラは悪魔に憑かれたのが原因であると容易に説明できます。しかし、Dr.オーウェンの任務完遂への異常なほどの執着や、チーフの急激な変化は悪魔のせいだと説明することはできません。
感染者とはいえ子供を殺したときに、チーフたちSWATの隊員たちにある何かが壊れました。そして、Dr.オーウェンを見殺しにした時点で、チーフの運命は決まります。外に出たいという自らの欲望を優先した結果、彼はDr.オーウェンを助けることができず、最後は悪魔に憑かれたアンヘラに射殺されてしまいました。利害や損得が生じるとき、人間の心には隙が生まれます。そして、そこを突かれれば、人間の心は簡単に変化してしまう。人間の弱さは短所でもあり、また魅力でもあります。ただ、その弱さを自覚していなければ、思い込みで生きるただの傲慢な人間になってしまう。
一人の人間の心は悪魔に憑かれていなくても、変化し、悪魔のように振舞うことができるようになります。悪魔はかつて天使でした。しかし、悪の道に目覚め、堕天使となります。純粋な理想に生きられない人間は天使にはなれないかもしれないが、悪魔になってはならない。天使と悪魔、人間と悪魔の境界は実に曖昧です。人間は天使と悪魔の境にいます。人間が悪魔になるには、必ずしも悪魔に憑かれる必要はありません。悪魔の方向へと少し押されるだけで人間は簡単に堕ちていくことができるからです。
Dr.オーウェンが感染者を尋問して悪魔を出現させることができたのは、Dr.オーウェンに「神の力」があるからではありません。それは単にDr.オーウェンの手にしていた十字架の力、あるいは、「神の力」を得た気になっているDr.オーウェンをからかって、悪魔に遊ばれていただけなのでしょう。人間は天使になれず、神にもなれない。しかし、少なくとも人間ではありたい。ただ、これは思う以上に難しいことのようです。
→[REC/レック]の『解説とレビュー』はこちら([REC/レック2]の前作です)

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