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ワイルド・アット・ハート

映画:ワイルド・アット・ハート あらすじ
※レビュー部分はネタバレあり

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 セイラー・リプリーは恋人ルーラの母親マリエッタの差し向けた殺し屋を殺してしまった。これは娘ルーラからセイラーを引き離そうとするマリエッタの策略だった。セイラーは殺人罪で逮捕され、刑務所で服役することになる。

 それから数年が経ち、仮釈放されたセイラーは、彼の釈放を待っていた恋人ルーラに再会する。執拗にセイラーとルーラの仲を裂こうとするマリエッタから逃れ、セイラーはルーラと共にカリフォルニアを目指して旅に出る。一方、マリエッタはセイラーを殺そうと画策していた。彼女はあらゆる手を尽くしてセイラーの行方を追おうとする。

 数々のアクシデントに見舞われながらも、愛を求めるセイラーとルーラの逃避行。狂ったように追いかけてくるマリエッタの狂気を背後に感じながらも、セイラーとルーラに逃げる者の悲壮さはない。彼らにあるのは、酒やダンス、セックスだけ。2人が狂っているのか、マリエッタが狂っているのか、それとも、そもそもこの世界が狂っているのか。若きニコラス・ケイジが主人公セイラーを演じ、一途にセイラーを愛する恋人ルーラをローラ・ダーンが演じている。



【映画データ】
監督 デヴィッド・リンチ
出演 ニコラス・ケイジ,ローラ・ダーン,ウィレム・デフォー,イザベラ・ロッセリーニ,ダイアン・ラッド



映画:ワイルド・アット・ハート 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり

★オズの国へ行きたい―『ワイルド・アット・ハート』と『オズの魔法使い』

 『ドロシーは怒って西の悪い魔女にバケツ一杯の水をかけました。すると、魔女は叫び声を上げ、溶けてしまいました』。『オズの魔法使い』に出てくる「悪い魔女」はこうして退治されます。

 「ワイルド・アット・ハート」のマリエッタ。娘のルーラはマリエッタの写真が納められた写真立てに腹立ちまぎれに手にしていたコップのドリンクをかけました。そして、セイラーとルーラがめでたくハッピーエンドを迎えると、写真のマリエッタは溶けるようにして消え、後に残ったのは真っ黒な紙。マリエッタの退場の仕方は『オズの魔法使い』の「悪い魔女」と同じでした。

 「ワイルド・アット・ハート」では、随所に「オズの魔法使い」を下敷きにした部分が散見されます。"イエローブリックロード"という言葉はオズの国に続く"黄金の道"のことを意味しますし、他にはドロシーの飼い犬"トト"の名が出されたり、「良い魔女」「東の悪い魔女」という言い回しがされたりしています。これは「オズの魔法使い」に出てくる魔女たちを呼ぶときに使われる言い方です。「ワイルド・アット・ハート」を読み解くには、「オズの魔法使い」がヒントになっているようです。

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★幸せのある場所―オズの国を目指して

 「オズの魔法使い」はドロシーが竜巻に巻き込まれ、別の世界と飛ばされてしまったことから物語が始まります。故郷のカンザスに帰りたいドロシーはオズの国に行けば、その願いが叶えられるかもしれないと教えられ、金の道をたどってオズの魔法使いがいるというエメラルド・シティを目指します。

 しかし、オズはとんだ食わせ者。オズにされた頼みごとである、悪い魔女退治を果たせば、望みを叶えてくれるはずだったのに、オズはドロシーの願いを叶えてはくれません。オズはドロシーをカンザスに帰す方法を知らなかったのです。オズはまったくドロシーの役には立ちません。オズはドロシーを残して気球に乗り、どこかへ旅立っていってしまいました。がっかりしたドロシーを助けてくれたのは南の魔法使い。彼女のおかげでドロシーは無事、愛する故郷カンザスに戻ってくる…というお話です。

 セイラーやルーラたちは道中、ボビー・ベルという悪党に捕まり、セイラーはボビーの計画した強盗に加担してしまいました。ボビーの計画に加担すれば、大金が手に入り、ルーラや生まれてくる子供と家庭を持つことができるはずでした。

 しかし、計画には裏がありました。ボビーが狙うのはセイラーの命。ボビーはミスター・レインディアの依頼を受けた殺し屋でした。ボビーに命を狙われた末、セイラーは捕まって牢屋行き。ボビーは死にましたが、セイラーは再び、ルーラと別れることを余儀なくされてしまったのです。

 ボビーは願いを叶えてやるとドロシーを騙した「オズの魔法使い」であり、ドロシーの道中を邪魔する「悪い魔女」の役回りも演じていました。そして、殺し屋を送るよう仕向けたマリエッタの役どころも、間違いなく「悪い魔女」です。

 「オズの魔法使い」には「良い魔女」が登場します。オズが去ったのち、南の魔女はドロシーに故郷に帰る方法を教えてくれました。魔女の言うとおり、いつも履いていた銀の靴のかかとを3回トントントンと打ちつけたドロシーは無事、故郷のカンザスに帰りつくことができました。セイラーは眼の前に現れた「良い魔女」のおかげで、ルーラのもとへ、息子の元へと戻ることができました。今度こそ、一緒に暮らすことができる。セイラーは散々回り道をした末に、幸せのある場所へと戻ることができました。

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★幸せに続く道

 "イエローブリックリード"の先には何があったでしょうか。オズの国があったでしょうか。確かに、ドロシーらが辿った黄金の道の先にはオズの国がありました。しかし、オズの国には何もありませんでした。少なくとも、ドロシーの望むものはなかったのです。

 セイラーとルーラが旅をした"イエローブリックロード"の先にも、まだ見ぬ新天地がきっと待っていたことでしょう。しかし、その新天地がセイラーらの意に沿うものであるかはまた別の話です。ただ、道を辿れば夢の国へと辿りつき、望むものを得られる?しかし、それほど、現実は甘くありません。大切なのは、道を辿って夢の国へ行くことではなく、長い道のりを辿るのうちに得られる何かしらの変化です。長い時間を誰かと過ごし、共に困難を乗り越えて進むうちに見えてくるものがあります。そして、何かに気付くことがあるのです。

 本当に夢を叶えてくれるのはオズの国ではなく、オズの魔法使いでもありません。夢を叶えるのは自分自身です。それに気が付くことができなければ、永遠にイエローブリックロードを辿り、永遠にオズの国を求めて歩み続けねばならなくなってしまうでしょう。

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★「ない」という思い込み

 黄金の道を辿るドロシーの旅路は、ほとんど彼女がカンザスに帰る助けにはなりませんでした。オズの魔法使いに助けてもらうために長旅をしたにも関わらず、オズは役立たずだったからです。しかし、彼女が旅をしたことで得られたものがたくさんありました。

 勇気の欲しかった臆病なライオン、心が欲しかったブリキのきこり、脳みそが欲しかった藁のかかし。それぞれの願いはオズの"ぺテン"によって叶えられました。オズから与えられたものはそれ自体には意味のないものでしたが、偉大な魔法使いから価値のある物をもらったという思い込みによって、彼らの願いは叶ったのです。

 勇気も、心も、脳みそも、「ない」と思い込んでいるから、ないだけのこと。それらは、誰かにもらったり、与えられたりするものではありません。勇気も、心も、脳みそも、初めからそれぞれの中にあったのです。オズの魔法はインチキで、何の意味もありませんでした。

 自分というものは一番近くにありながら、良く分からないものです。自分に何があるか、自分が何を持っているか、分かっているようでわかっていない。セイラーにはルーラという女性がいました。彼を心から愛し、見守ってくれる女性です。セイラーもそんなことくらい、分かっているつもりでした。

 しかし、セイラーは今一歩、自分に自信が持てません。人を殺し、強盗を犯し、両親はタバコか酒で死んでいる。「良い魔女」に対して、セイラーは自らのコンプレックスを告白しています。「俺は泥棒で故殺罪も」「親のしつけも受けちゃいない」。セイラーはルーラと一緒にいるだけで彼女の人生をめちゃめちゃにしてしまう自分に怯えていました。

 「良い魔女」はそんなセイラーに対して優しく背を押します。「ルーラはあなたの全てを赦しました。あなたもルーラを愛している。怖がらないで、セイラー」。ルーラはセイラーの野放図なところも、彼の過去も、すべてひっくるめて、彼を愛している。ルーラはセイラーと人生を共にすることを恐れてはいません。セイラーと一緒に入ることで起こる波乱はルーラにとって、問題にはならないのです。

 そんなルーラを受け入れることを怖がっているのはセイラーの方でした。「愛に背を向けないで」。「良い魔女」の言葉に押され、セイラーはルーラの元へと走り出しました。

 ドロシーを助けたのは彼女がいつも履いていた銀の靴でした。それをたった3回、打ちつけるだけで故郷に帰れたのに、良い魔女に助けられるまで、ドロシーはそれに気が付きませんでした。一番欲しいものはとても近くにある。だけど、それに自分で気が付くことはできません。

 セイラーには、ルーラと息子という大事なものがこんなに近くにあるのに、それに気が付くことができませんでした。ドロシーが「良い魔女」の助言のおかげで故郷に帰れたように、セイラーも「良い魔女」のおかげで、ルーラの大切さに気が付き、彼女と息子の元へと帰ることができたのです。

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★魔女マリエッタ

 マリエッタはセイラーを殺そうとし、彼からルーラを引き離そうとしていました。マリエッタがセイラーをルーラから引き離そうとしたのは、娘を独占したいという歪んだ愛情、そして、セイラーに対して恋愛感情を抱いていたからです。

 マリエッタはパーティ会場でセイラーに誘いをかけますが、彼はマリエッタを拒みました。自尊心を傷つけられたマリエッタはセイラーを陥れようと画策し始めました。まずは殺し屋を雇ってセイラーを襲わせます。セイラーが刑務所に入れられ、ルーラと離れ離れにすることには成功しますが、ルーラはセイラーを見捨てませんでした。セイラーとルーラの仲が壊れないのを見たマリエッタは、セイラーを亡きものにしようと決意します。マリエッタはサントスやジョニーといった男たちを使って何とかしてセイラーを抹殺しようとしました。

 マリエッタは欲しいものは手に入れ、邪魔なものは排除して生きてきた女です。娘を犯した男を墜落事故に見せかけて殺したのを手はじめに、彼女はどんどん道を踏み外していきました。次に標的になったのは夫です。財産を一人占めし、自由になるためにマリエッタは夫を愛人のサントスとともに殺しました。

 そして、今度はセイラーです。娘を奪い、自分に恥をかかせた男を殺す。マリエッタはセイラーを殺すために、彼女を愛しているジョニーすら、サントスに売り渡しました。後悔したマリエッタがサントスに命乞いしたときにはもう遅い。既に殺しの歯車は回りはじめていたのです。
 
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★ママは悪い魔女?

 ルーラは時折、魔女のイメージを見ていました。黒いとんがり帽子を被り、黒い衣装をきた魔女。そして、声が聞こえる。女の嘲笑するような高らかな笑い声でした。ルーラがその笑い声を思い出したのは、自分を犯した男が事故死するまでのいきさつを思い出したときです。「悪い魔女の笑い声よ」。ルーラはそう言っていました。

 ルーラはそもそも、母親のマリエッタが娘に起きた事件を知っていたことすら認めようとしません。現場に出くわしたマリエッタがそのことを知っていることは明らかなのに、ルーラは「ママは知らなかった、それだけは確かね」と語ります。マリエッタは知っていた、そして、その男を殺した。ルーラがマリエッタが知っていたことを認めようとしないのは、それに引き続く殺人という事実を認めたくなかったからです。ママはあの現場を見ていない、だから、あの男を殺してなんかいない。

 ママは「悪い魔女」ではない。しかし、脳裏をよぎるのは女の笑い声、そして燃え盛る地獄の業火のイメージでした。魔女は何度も姿を現します。そして、あるとき、魔女は自らの顔をはっきりと晒しました。それはルーラが父の焼死を思い出していたときです。激しく煙る家の中を「パパ!?」と叫びながら歩くルーラ。その直後、ルーラの乗る車と並走するように現れたのはマリエッタの顔をした魔女でした。

 ママはパパを殺した。この事実はルーラにとって、もっとも認めたくない事実でした。ルーラはこの恐ろしい事実に気がつかないふりをします。あるいは、知らない、と自分に思い込ませていました。自分を犯した男をマリエッタが葬ったことに目をつむったように、父の死についても、盲目になる。

 ルーラはマリエッタの正体について、知ることを望みませんでした。しかし、ことセイラーに関しては別です。セイラーとの幸せをとことん邪魔しようとするマリエッタにルーラは堪忍袋の緒を切らします。「もし私とセイラーの幸せを邪魔したら、根元からママの腕を引っこ抜いてやるからね!」彼女はがちゃんと電話を切り、ルーラはマリエッタの写真に、手にしていたグラスの中身をぶちまけました。

 のちに、マリエッタの写真は黒ずんだただの紙になってしまいました。ルーラは期せずして、"魔女退治"をしてしまったのです。「オズの魔法使い」でもそうでした。ドロシーは西の悪い魔女の弱点が水であることを知らず、腹立ちまぎれに魔女に水をかけただけ。それが、魔女の消滅という思わぬ結果をもたらしたのでした。

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★魔女

 女が透明な丸い水晶に手をかざしていました。水晶を通して女が見ているのはセイラーです。水晶にはボビーに悪事を持ちかけられ、断れずに計画に乗ろうとするセイラーが映し出されていました。女が手を動かすと二人の姿は消えてしまいます。この水晶の持ち主である女は誰でしょうか。

 彼女は「魔女」です。顔の見えない魔女が確かに存在していました。黒いマニュキアを塗った黒い爪。赤い爪のマリエッタとも、ピンクの爪のルーラとも違う、"誰か"が存在していました。その誰かは、マリエッタを操り、マリエッタに悪運を与えていました。セイラーの破滅を望んでいたのはマリエッタです。そして、そのセイラーがボビーの誘惑に負けていく様子を魔女は眺めていた。魔女はマリエッタの側に立つ者です。マリエッタの暗い欲望が「魔女」を招き寄せ、彼女を「魔女」にしていきました。

 サントスやジョニーを利用し、彼らを自分の欲望の実現へ利用しようとするマリエッタ。彼女はサントスを利用して自らの夫を殺しました。しかし、セイラーのときは失敗した。サントスにセイラーを殺させようとした結果、サントスはジョニーにも手を回し、彼を殺してしまったからです。「魔女」として振舞おうとしたマリエッタはまだまだ半人前でした。

 マリエッタは魔女になったつもりだったかもしれません。しかし、むしろマリエッタは操られていました。マリエッタを操り、彼女の周りから愛する人を次々と失わせ、マリエッタを不幸のどん底へと突き落としたのは顔の見えない黒い爪の「魔女」です。マリエッタは人を操っているつもりで、その実、操られていました。マリエッタは彼女を愛してくれたジョニーを失い、最後には娘のルーラも失いました。夫も殺してしまったマリエッタには、もう誰も残っていません。

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★オズの国

 「オズの国に行けりゃあ良かったのにな…答えがもらえた」。「皆行きたいのに、いけないのね」。行方不明になったルーラのいとこ、デルの話をするセイラーとルーラの会話です。

 オズの国にはペテン師のオズの魔法使いしかいませんでした。彼は大掛かりな装置やその気にさせる巧みな話術で人々を騙し、魔法にかけられた気分にしていただけです。だから、オズの国に行っても、何も答えは得られません。

 人々はオズの魔法使いに対する憧れから、エメラルド・シティに行きたがります。ドロシーがエメラルド・シティに行こうと思ったのも、北の魔女に勧められたからでした。北の魔女はオズの魔法使いの偉大さを語り、彼ならきっとドロシーの願いを叶えてくれると言います。オズの国へ行きさえすれば、願いがかなうと信じていたドロシーのように、セイラーとルーラもオズの国へ行けば夢がかなうという夢を見ていました。

 セイラーとルーラにとっての"オズの国"、オズの魔法使いが住むエメラルド・シティはカリフォルニアです。そこに行っても、何かいいことがおきるという根拠はないけれど、漠然とした憧れと素敵な未来があるような気がする。彼らが何かしかの答えを求めて彷徨い、遠回りをした末に、現れたのは「良い魔女」でした。

 セイラーのビッグ・ツナでのモーテル暮らしも、強盗で捕まって刑務所暮らしをしたことも、みんな、無駄だったように思えます。しかし、セイラーとルーラの回り道は長いものとなりましたが、揺るがない愛を手に入れることができました。ドロシーの回り道は一緒に旅をした仲間を助けました。ドロシーが遠回りをして「良い魔女」に出会ったように、セイラーも遠回りをして「良い魔女」に出会ったのです。

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★悪い思いつき

 「これからはいいと思えることしかやらないようにしようと思う。何しろこの世の中には悪い思いつきだったではすまないことがあるからな」。「悪い思いつき」の例として挙げられるのはルーラのいとこ、デルの話です。デルは「黒いゴム手袋をしたやつらが捕まえに来る」という妄想に囚われていました。息子をもてあましたデルの母が「黒いゴム手袋をしたエイリアンはお前自身なんだよ」とデルに話したところ、その後デルは姿を消してしまったという話でした。

 デルは「厳しい現実」を知った、とルーラは語ります。デルにとっての「厳しい現実」とは、彼が"エイリアン"だったということです。エイリアンが世にはびこり、人々を洗脳しているというデルの「悪い思いつき」は彼自身を飲みこんでしまいました。もちろん、実際には、デルはエイリアンではありませんが、母の言葉をまともに受け取ったデルは自分がエイリアンだと確信してしまったのです。

 デルは消息を絶ちました。思い込みは人を追い詰めます。自分自身が「エイリアン」だと思い込んだデルは自らの下着にゴキブリを這わせ、体内にも押し込むという行動に出ました。この一見、異常な行動も、デルにとっては自然なことでした。彼は「エイリアン」なのだから、彼の肉体は人間ではなく、人間とは違うはずだという思い込みです。エイリアンの体はゴキブリでできている。自分の体からも、その一部であるゴキブリが出てくるはずだ、いや、出てこなければならない。だって、彼は「エイリアン」なのだから。

 セイラーにとっての「悪い思いつき」はルーラを幸せにできない男だと思い込んだことでした。殺人、あるいは育ちの悪さ、コンプレックスに囚われたセイラーはルーラが妊娠したことを聞いても素直に喜べません。ルーラはルーラで、妊娠に幸福を感じられない理由がありました。それは、中絶経験です。ルーラは自分が妊娠していることを悟ったとき、再び強姦されたことを思い出していました。そして、その後手術台に寝かされ、手術を受けているルーラの姿が出てきます。捨てられる血まみれのガーゼ。ルーラは強姦されたときに妊娠し、中絶したことがあったのです。

 セイラーも、ルーラも、それぞれに抱える思い込みや記憶に邪魔され、子供を授かったことに喜びを見出せませんでした。思い込みによって形成された事実に自分自身を押し込み、その自分を演じる。無意識のうちに、人は自分自身に誤った認識を抱き、そしてその思い込みに囚われてしまいます。自分ではルーラを愛しきれないという思い込み、ルーラと結婚しても幸せにできないという思い込み…。

 「悪い思いつき」に縛られているかどうか。本人にはなかなか気がつくことができません。しかし、「悪い思いつき」から解放されたとき、人は真実を見ることができるのです。

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★虹の彼方にある世界

 脳みそのないかかしはドロシーにカンザスのことを聞きます。「どんなところなのか、話してみてよ」。ドロシーは、カンザスが灰色の大地が広がる場所で、そこで起きた竜巻のせいでこのオズの世界に来てしまったことを話しました。

 かかしはいぶかしんで尋ねます。「ドロシー、きみはどうして、こんな美しい国から、荒れた灰色の場所にもどりたいの?」オズの国は豊かな緑の大地に森が広がり、きれいな花が咲き、優しい風の吹く美しい場所です。それなのに、竜巻の起こる乾燥した大地しかないカンザスへと帰りたがるドロシーの気持ちがかかしには理解できませんでした。

 ドロシーはかかしに反論します。「カンザスがどんなに陰気で灰色の場所だったとしても、私のような血と肉でできている人間はカンザスで暮らしたいの。オズの国がどんなに美しい場所だったとしてもね。おうちほどすてきな場所はないのよ」。

 故郷のカンザスにはドロシーを愛してくれるおじさんとおばさんがいます。行方の知れないドロシーを心配し、彼女の帰りを心から待ってくれている家族がいる。誰かにとっての「美しい国」は住み心地の良さで決まるものではなく、そこに温かさがあるかで決まるもの。荒れた灰色の世界はドロシーにとって、もっとも「美しい場所」でした。

 ルーラは「この世界って心底いかれてるわ」とセイラーに愚痴をこぼしていました。ラジオから聞こえてくるのは、殺人に強姦、政府がワニを川に放流したとか何とか。本当に狂った世界です。それでもこの世界に住んでいる。

 「何で虹の彼方にある世界に行けないの?」

 セイラーは妻になる人に"Love me tender"を歌うつもりでした。しかし、セイラーに"Love me tender"を歌う気配はなく、ルーラのうっぷんはたまる一方です。「なんで"Love me tender"を歌ってくれないの?」と怒るルーラ。

 セイラーがルーラに「Love me tender」を歌える日はもっともっと後のことでした。"Love me tender"は愛する女性に、生涯寄り添い、永遠の愛を捧げ、自分の居場所はあなたの元にある、と歌う曲です。セイラーの居場所はルーラのいるところ。行きたくても行けなかった「オズの国」はルーラのところにありました。

 ルーラにとって必要だったのはセイラーの愛。ルーラはセイラーを愛していて、セイラーはルーラを愛しているのに、セイラーはルーラを愛し抜く自信がない。「虹の彼方にある世界」はセイラーが"Love me tender"を歌えば行けるのです。この狂った世界でも、セイラーの愛があれば、ルーラは幸福になれる。夢のような美しい世界、オズの国など、セイラーとルーラの幸せには必要ありません。どんなにきれいな場所だったとしても、血の通った愛のない世界など、価値はありません。

 「心底いかれてる」世界でも、愛があれば、愛した人がいる場所であれば、そこは「虹の彼方にある世界」になる。「皆行きたいのに行けない世界」には愛があれば、簡単に行くことができるのです。

 ぎりぎりのところで、セイラーは気が付くことができました。もう少しで彼はルーラと息子を失ってしまうところでした。これからはルーラとセイラー、そして息子の3人家族で暮らす未来があります。相変わらず、世界はきっと狂ったまま、これからも変わらないかもしれない。それでも、そこに、愛する人たちがいる限り、その場所は帰るべき場所なのです。

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All pictures in this article from this movie belong to GENEON UNIVERSAL ENTERTAINMENT.
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