※レビュー部分はネタバレあり
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ある夜、TVレポーターのアンヘラ・ビグルは番組の取材のため、消防署に出向く。夜勤の消防士たちの密着取材のためだった。アンヘラはカメラマンのパブロとともに一通りの取材を終え、すっかり退屈していた。そこに、緊急通報が入り、アンヘラは出動する消防士たちに同行する。
それはアパートの一室に住む老女が奇声を発しているという通報だった。アパートに着いたアンヘラはカメラマンのパブロとともに、部屋へ突入する警察官らについていく。部屋の中にいた老女は突然、凶暴化し、警察官に噛みついた。ようやく逃げ出したアンヘラとカメラマンのパブロはアパート全体が閉鎖され、外へ出られなくなったことを知る。
原因不明の病に冒された老女、広がる感染の恐怖。退屈な取材に終わるはずの夜が恐怖の一夜へと変わっていく。全編がカメラマンのパブロの視点で撮られた主観映像で構成されており、画面のブレ、障害物の写り込みといった「見えない恐怖」が不安感を倍増してくれる。感染した住人たちに襲われるシーンはホラーならではだが、なぜ、アパートが閉鎖されたのか、なぜ、感染がアパートで広まったのか、誰が何を知っているのかなどの謎が多いのも魅力。アパートの住人たちの本音や心理、隠しごとが垣間見えるインタビューは主人公のアンヘラがTVリポーターという設定ならではのシーンで、なかなか興味深い。
【映画データ】
[REC/レック]
2007年(日本公開2008年)・スペイン
監督 ジャウマ・バラゲロ,パコ・プラサ
出演 マニュエラ・ヴェラスコ,フェラン・テラッサ,
ホルヘ・ヤマン・セラーノ,カルロス・ラサルテ,パブロ・ロッソ

映画:[REC/レック] 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり
★お断り
この『解説とレビュー』を書かせて頂いている時点で、すでに[REC/レック2]が公開されており、[REC/レック]の解説とレビューを書く前に、[REC/レック2]の結末まで観賞いたしました。ただし、「REC/レック」の『解説とレビュー』はあえて、[REC/レック2]とは別の映画として『解説とレビュー』を書かせていただきます。
それは、[REC/レック]で描かれている人物の心理描写や各所の行動、セリフ等により、このアパートでの惨劇を誰が引き起こしたのか、どのように感染が起きたのかが示されているからです。1作目の[REC/レック]の魅力は、「謎が多いゆえの恐怖感」にあります。そこで、[REC/レック2]では、[REC/レック][REC/レック2]全体を通じた『解説とレビュー』を書かせていただくとして、1作目の[REC/レック]を取り上げる本レビューでは、[REC/レック]を独立した映画として考察していきます。
→[REC/レック2]の『解説とレビュー』はこちら

★[REC/レック]がすごい!
緊張感というものは30分も続きません。パニックシーンが最初から最後まで続く映画は逆に緊張感に欠けるもの。主観映像による映像は視野が狭く、手ぶれがそのまま写る、あるいはわざとぶれさせて臨場感を出しているため、恐怖感を強めやすい撮影手法です。しかし、そのようなPOV(Ponit of View Shot)を利用した映画でも、2時間もの間、それを見ていれば慣れてしまい、恐怖に飽きが出てきます。
この点、[REC/レック]は盛り上げ方が実にうまい映画です。最初のうちは、正体不明の老女の感染、そしてアパートの閉鎖と、わけが分からない状況に突然放り込まれた恐怖があり、次には、感染者から感染者へと伝染していく恐怖に襲われ、感染した住人たちとの格闘が始まります。
そして結末、最上階の部屋へ。アンヘラやパブロは下から追いかけてくる感染者と勝ち目のない闘いをするか、それとも、怪しげな部屋へ逃げ込むかの2択しかありません。どっちも嫌ですが、死ぬよりはいい、とアンヘラたちが意を決して飛び込む先は子供の写真やら十字架やらが並ぶ実験室のような場所でした。
この部屋には感染者に襲われる恐怖とは違う、底知れない不気味さが漂います。何か得体のないものがいるかもしれないという不気味さ。[REC/レック]では結末に至って、さらに恐怖の種類が変わる。観客はまたそれまでと違う覚悟を求められます。だから、緊張感が途切れることはない。決して時間の長い映画ではないのに、「もう十分だ」と思ってしまうほどの恐怖を味わえるホラーになっています。
人物の性格付けもうまかった。かわいらしいリポーターがヒステリックに叫んでいるシーンが多いのは、ホラー映画のお約束ですが、カメラマンのパブロは非常に落ち着いていて、安全地帯から見ている恐怖の冷めやすい観客をうまくアパートの中へと連れ込んでくれます。観客がなぜ、恐怖に慣れてしまうかといえば、基本的に彼らが襲われているわけではないからです。だから、大声で叫び続けたり、ヒステリックに口論する登場人物ばかりだと、蚊帳の外におかれた気分になり、感情移入しにくく、イライラしてしまうことになります。あんな悲惨で絶望的な状況におかれれば、理性を失って当然といえば当然なのだけれど。
[REC/レック]ではパブロが比較的冷静なので、観客は彼のカメラにぴったりくっついていけばいい。実際にゾンビに襲われているわけではない観客にとってパブロはちょうどなじみやすい温度なのです。
さて、ここからは[REC/レック]の内容について見ていきます。

★閉鎖されたアパート
[REC/レック]は閉鎖された一つのアパートを舞台に惨劇が展開していきます。そのアパートはどういう場所なのか、分析してみましょう。
アパートの他の住民を見てみると、一人暮らしの老女、年金暮らしの老いた夫婦、一人暮らしの男性、母娘、そして寝たきりの老人を抱えるアジア系の家族。彼らに共通するのは決して経済的に余裕のある暮らしではないということです。アンヘラが各家族にしたインタビューを聞いていると、お金に執着したり、カメラの前で口論したり、と彼らが日々の生活に汲々としている様子が伝わってきます。
そうした経済的に豊かではない外国人、あるいは低所得者層が住む場所と、その他中産階級の人々が住む場所ははっきりと色分けされています。経済的に豊かではない外国人を住まわせる貸家の格は高いとは言えず、家賃が安いのだろうということが推測できます。このアパートは低所得者層向けのアパートの一つなのでしょう。

★疑わしき住人
次々と感染していく住人たち。そのなかでも、特に興味を惹かれる人がいました。それは研修医のギレムです。彼は本当にただの研修医なのか。疑わしい点が多数あります。
彼は医師です。そのような職業の人はギレム以外、このアパートにはいません。彼の自室には高級そうな家具が置かれ、リビングにはテレビにソファ、そして銀色のワゴンに載せられた銀のプレートには何かの食べ残しの他、果物が盛られているのが見えます。ギレムの暮らしを見る限り、彼は経済的に苦しいようには見えません。彼は感じの良い男性ですが、このアパートにはどこか場違いな感じがします。それなのに、彼はなぜ、このアパートに暮らしているのでしょうか。
アンヘラが消防士たちと到着した直後、住民たちは先に到着した警察官によって、1階に集合させられていました。しかし、それにも関わらず来ていなかった人間が数人います。アジア系家族の寝たきりの父親は別にして、1階に住んでいた若い女とギレムです。ギレムはイスキエルド夫人の部屋のドアの前に立っていました。警察官に「早く下に行け」と追い払われるまで彼は動こうとしません。彼が医者だからイスキエルド夫人を助けようとしていたということも考えられます。しかし、彼はドアを破ろうとするわけでもなく、ただその場にいただけでした。それに、警察や消防を呼んでいるのですし、そこにいる必要性というものはそれほどないでしょう。彼は一体、何をしようとしていたのでしょうか。

★謎のカギ束
彼はなぜ、最上階のカギを持っていたのでしょうか。このアパートの惨劇を生みだす元凶となったのは最上階です。そこのカギをギレムがなぜ持っているのか。最上階はこの数年空き家で、使っていないとのことでした。しかし、そう言っていたのはギレム本人です。最上階の部屋でアンヘラが操作したテープレコーダーには電気が通っていました。そして、洗面台にたまった血の色の水。本当に、この部屋にはずっと誰も入っていなかったのでしょうか。
ギレムはかなりの数のカギを自室に保管していました。アンヘラは重そうな鍵束をギレムの部屋から持ち出しています。そもそも、アンヘラがギレムの部屋に入ったのは、1階の縫製工場の地下倉庫から脱出するためでした。ギレムは最上階の部屋のカギのみならず、縫製工場に入るためのカギまで持っていたのです。そして、あのカギの数。ギレムはこのアパートの部屋で入れない部屋はなかったのではないか、そんな疑いすらわいてきます。
アパートに閉じ込められたと分かったとき、縫製工場事務所から中庭に降りて逃げようという話が持ち上がったことがありました。この提案をしたのはギレムです。そして、彼はアパート1階の踊り場にある管理人室のガラスをぶち破り、カギを取り出します。彼は管理人室に予備のカギがあることをなぜ知っていたのか。管理人が予備のカギを持っていることはよくあることです。しかし、ギレムは、予備のカギが管理人室にあることを知っているばかりか、管理人室のどこにカギがあるかを迷わず探し当てました。
確かに、管理人室とは名ばかりの電話ボックスのような小さな管理人室ですが、それにしても、ギレムの行動には全く無駄がありません。彼は予備カギの在りかを最初から知っていたのではないでしょうか。さらに進んで、その予備カギをおいたのはギレム自身ということが考えられます。あの管理人室は普段、使用されていなかったように思えます。誰も管理人の話をしていませんし、ここは低所得者向けアパートであることを考えると、管理人室があるにも関わらず、管理人を置いていないということは十分にありえるでしょう。

★予備カギの使い道
では、なぜ、ギレムは予備のカギを1階の管理人室に保管しておいたのか。予備カギを使うときはどんなときでしょうか。予備カギは本カギが使えない状況になったときに使うものです。ギレムの部屋は4階にありました。最上階の一つ下です。何かが起きたとき、逃げ出すには地上階まで下りる必要がありました。そして、地上階では、正面玄関以外の脱出口を確保しておきたい。
ギレムは自室までカギを取りに戻れなくなる状況、そして正面玄関から出られなくなる状況を想定していた可能性があります。ギレムは縫製工場の事務所から中庭へ出られることを知っていました。ギレムは縫製工場とは何のかかわりもない人間のはず。建物の構造上、事務所から出られることを推察したのなら「出られるかもしれない」と言うのが自然ではないか。ギレムはなぜ「出られる」と言い切ったのか。それは、ギレムがあらかじめ、事務所中庭を脱出口に考えていたからであると言えます。
では、ギレムはなぜ、非常時の脱出口を想定し、予備カギを管理人室に隠しておいたのか。それは、ギレムがそこまでして逃げ出さなくてはならないような緊急事態が起きることを想定していたから、です。ギレムは最上階を管理するために、このアパートに住んでいた。ギレムはこの惨劇の真相を住人の中で唯一、知る者でした。その真相とは一体何か。

★ジェニフェルの母親
ジェニフェルの母親のインタビューが興味深い事実を指し示しています。彼女はアンヘラとカメラに向かって、「大家を訴えてやる、絶対に訴えてやる」と息巻いていました。しかし、伝染病の疑いありと、アパートごと隔離され、閉じ込めているのは保健局です。賠償を求めるなら、大家ではなく、保健局、つまり国を訴えてやろうと思うのが筋ではないでしょうか。
しかも、彼女は続けて、「新聞社に電話をかけまくって書き立ててもらうわ!そもそもの始まりから終わりまで!」と言い放ちます。「そもそものはじまり」とはなんのことでしょうか。老女の発病に始まる一連のアパート封鎖の経緯のことでしょうか。彼女はアンヘラらTVクルーと出会ったとき、「全部撮っちゃえ!全部!」と言っていました。
彼女はテレビカメラが老女死亡以降の出来事を全て記録していることを知っていますし、自ら撮ってほしいとも思っていた。それなら、その記録映像をちゃんと公開してよ、とアンヘラに要求すればいいでしょう。彼女がわざわざ電話をかける必要はありません。彼女の話よりも確実な、ビデオカメラという証拠が残っているからです。
彼女は「始まりから終わりまで」ではなく、「そもそもの始まりから終わりまで」と言いました。「そもそもの」という彼女の言葉から、このアパートの惨劇よりも前に、何かがアパートで起きたことが推察できます。彼女は、アンヘラたちが知らない、アパートについての事実を知っていました。
過去、アパートで何かが起きていたことは同じくアパートの住人である老夫婦のインタビューからも推察できます。この老夫婦のうち、妻の方はぺらぺらと喋ります。一方、夫は無愛想でぶっきらぼう、「寝てたからよく分からん」「あんたたちが来たとき、何があったか知ってれば話しとる」とイライラしていました。
夫は何にイライラしていたのか。彼はアンヘラにインタビューされることが、というよりも、妻が話し過ぎることにイラついていました。妻はそんな夫の様子を察し、「私がしゃべっちゃだめ?!」と怒っています。「誰かが悪いことをしたのよ、この建物には…」「誰かが"ここにあった"と…」と妻が話すたびに話をさえぎる夫。夫はアパートにある何かを知られたくないようです。
これはジェニフェルの母親も同じであると言えます。彼女は「怖いことが起きると思ってた」と何かを恐れていたことを告白し、恐怖の原因について、「上の階に何かある」ことを指摘しています。彼女は「上の階に何かある」根拠について消防士が落ちてきたことを挙げています。が、消防士が落ちたのはついさっきのことです。彼女が今まで「怖いことが起きる」と思っていた理由としてはいささか不自然と言わざるをえません。
彼女が上の階に何かあると思った根拠は、今回の惨劇が起きるよりも前の出来事に根拠があるというのが自然でしょう。この点、彼女は恐怖の原因について嘘をついています。また、彼女はあれほどアパートで起きたことをカメラにとって欲しいと主張していたにも関わらず、「そもそもの始まり」についてはカメラの前で話そうとしない。
「そもそもの始まり」の内容はなんだったのでしょうか。彼女は新聞社に事情をあらいざらい話してしまえば、大家にとって、非常にまずいことになると思っていました。そして、保健局や国を訴えるとは言わない。ということは、ずばり、国あるいは、ローマ教皇庁がこのアパートの持ち主ではないのか。
そして、それらが、この伝染病の発生自体を予期していたとしたらどうか。そして、予期していただけではなく、自ら感染の発生を積極的に招いたとしたら。このアパートの住人たちは互いに親しくありません。異常な状況下にあるとはいえ、お互いに気遣いあうことは全くなく、不平不満ばかり言い合っている。彼らはこのアパートに住んで間もないのではないでしょうか。少なくとも、長い付き合いではない。彼らは何らかの条件でこのアパートに入居してきたのではないでしょうか。
そして、その条件とは何だったのか。アパートに住人が集まってきた経緯を知る者は住人のみです。ジェニフェルの母親の言うように、新聞社に洗いざらい話されてしまえば、重大な人権侵害、大変な政治的ダメージを被ることになるでしょう。このスキャンダルを売れば金になる。ジェニフェルの母親がパウロのカメラの前で話さなかったのは金のためではないでしょうか。

★不自然なアパート閉鎖
今回のアパート封鎖はいろいろと不自然です。空気感染ならいざ知らず、かみつかれることによる唾液感染ならば、感染者を個別に隔離するのが妥当でしょう。アパートごと隔離することは全く意味がありません。原因不明で、とりあえずの封鎖だったというのなら、それは一理ありますが、原因不明だったというのはありえません。
それが分かるのは、検査官として途中からアパートに入ってきた男の行動です。防護服に身を包み、防疫マスクをした検査官は、感染者の下に直行し、いきなり何かを注射し始めました。何の病かも分かっていないのに、検査もせず、とりあえず状態の安定している患者にいきなり何かを注射するのは非常に不自然です。しかも彼は、被害に遭っていない住人たちの元へ戻ってきたときにはマスクを取ってしまいます。検査官は何も住人たちの検査をしていません。唾液感染か、空気感染か、調べてもいないのにマスクを取るのはおかしい。
しかも、感染者が暴れ出し、彼らを閉じ込めたときには既に「唾液で感染する」と断定していました。つまり、この検査官には検査をするまでもなく、この病が何であるか分かっていたということです。検査官にはこの病気が唾液感染であり、空気から感染しないことが最初から分かっていました。それなのに、保健局はいきなりアパートを丸ごと封鎖し、住人たちを閉じ込めている。なぜ、こんな不合理な処置をするのでしょうか。

★感染した犬のマックス
検査官は獣医に預けられたマックスの症状について住民たちに話します。マックスはジェニフェルの愛犬でした。そして、そのマックスが発狂したような症状を発症したのは昨日のこと…。ジェニフェルの唇をよく見ると、引っかかれたような傷があることに気が付きます。
ジェニフェルはマックスに噛まれていました。しかし、イスキエルド夫人とマックスの接点が考えられません。夫人は孤独な生活をしていました。近所づきあいもしない夫人がなぜ発症したのか。犬と人間。それぞれが、同じ日に体調を崩し、凶暴化する。こんな偶然があるわけがありません。これは明らかに人為的なものです。マックスとイスキエルド夫人、それぞれにある行為がされた。
最上階でアンへラが発見したテープレコーダーにはワクチンについての言及がありました。たくさんの実験器具が並び、手術台や点滴装置まであるあの不気味な最上階で行われていたのは、医学実験でした。それはテープの声の主が明らかにしているように、ある病を治すワクチンの研究だったのです。
ワクチンは病原体を弱めたものを体内に注入して抗体を作り、病にかかりにくくするというものです。弱くしたとはいえ、病原体を体内に入れるわけですから、ワクチン接種によって病気になってしまう人は一定の確率で発生します。完全なワクチンでも100%ではないのですから、ワクチンが不完全だったらなおさらその危険性が高まり、発症してしまうでしょう。テープの声の主によれば、ワクチンには致命的な欠陥がありました。酵素の突然変異により、人に感染するというのです。
マックスとイスキエルド夫人にされたのは、恐らくワクチンの接種でしょう。注射をされたマックスとイスキエルド夫人では、体の小さいマックスに最初に症状が出ました。そして、次にイスキエルド夫人に。3番目がマックスに噛まれたジェニファーです。
ジェニファーは高熱が続いていました。母親は娘は扁桃炎だと主張しますが、そのときの彼女は非常にヒステリックです。また、ジェニファーの父親はその薬を買いに外に出たことになっています。「いつものお薬が飲めないのはなぜ?」とアンヘルがジェニフェルに尋ねると、母はすかさず「主人がいないからね」と割り込みました。なぜ、母はジェニフェルのインタビューに割り込んだのか。別にアンヘルが酷い質問をしたわけでも、難しいことを聞いたわけでもありません。
恐らく、父親が買いに行っているのは薬、ただし、扁桃炎のジェニフェルがいつも飲んでいる薬ではない、別の薬です。マックスに噛まれたジェニフェルは感染者になりましたが、凶暴化するまでに潜伏期間がありました。その間、ジェニフェルは発熱症状を起こし、これがいつもの扁桃炎に思われたのですが、手持ちの薬では熱が下がらず、症状が改善しなかった。そこで、父親が別の薬を飲ませようと買いに出かけたというところが真相でしょう。
マックスの異常な病気、そしてイスキエルド夫人の伝染病騒ぎがあり、母親はジェニフェルがいつもの扁桃炎ではないことにうすうす気が付いていました。だから、母親は他に原因を求めようとしました。例えば、アジア系家族の寝たきりの父親です。彼女は寝たきりの老人が今回の伝染病の元かもしれないと激しく主張します。彼女にはアジア人に対する偏見もありましたが、それ以上に母親はジェニフェルに疑いの目が向けられることを非常に恐れていました。だから、アンヘルのジェニフェルに対するインタビューに割り込み、ジェニフェルの病気が扁桃炎であることを声高に主張し、あのように感情的に反応したのです。

★ジェニフェルの母親が知っていたこと
もっと、考えてみましょう。感染者になっている可能性があると知っても、母親はジェニフェルを手放しません。マックスの末路を聞いた彼女はますますジェニフェルを強く抱き、放そうとしませんでした。マックスの症状、そして、マックスに噛まれた痕の残る娘の唇。母親がジェニフェルの唇に残る傷に気が付かなかったわけはありませんから、母親はジェニフェルがマックスに噛まれて感染したことを覚悟していたでしょう。しかし、彼女はそれをまるで信じたくないかのように、拒否した。
母親だから、でしょうか。もちろん、それはあるでしょう。しかし、彼女の他の側面を見てみる必要があります。命が助かるかどうかの瀬戸際にあって、訴えてやると息巻いていたのは彼女でした。新聞社に洗いざらい話すという彼女が全くアンヘラたちのカメラにその内容を明かさないのは、新聞社から金銭を受け取ることを期待しているからでしょう。家族を抱え、決して経済的にゆとりがあるようには見えない彼女はお金が入る話に関しては熱心なところがあるようにみえます。
「上の階に何かあるのよ」と、最上階の謎について、具体的に指摘しているのは彼女しかいません。あとは、この伝染病騒ぎに深く関与していたと推測できる研修医のギレムくらい。老夫婦の妻も、「誰かが悪いことをした」とまで言いつつも、最上階については何も言っていませんし、他の住人たちも同じです。なぜ、ジェニフェルの母親だけが最上階について知っているのか。
結論、ジェニフェルの母親はワクチンの接種について知っていたということです。彼女は恐らく金を受け取り、マックスにワクチンを試験的に接種する試みについて同意した。もう1人、イスキエルド夫人についても同じ、彼女はお金を受け取って、接種に同意した可能性があります。彼女は孤独な人間でした。身よりもなく、友人もおらず、近所付き合いもしない彼女は、失敗するかもしれないこのワクチン接種の実験体として理想的だった。彼女に何かあっても、詮索されにくく、簡単に葬ることができるからです。
ジェニフェルの母親にとって予想外だったのは、マックスから娘のジェニフェルに感染してしまったことでした。後悔しても、もはや手遅れ。彼女はアパートの封鎖が始まる以前から興奮状態にありました。母親は自分に対する怒りとジェニフェルに対する罪悪感から人一倍、ヒステリックな状態におかれていたと考えられます。

★誰が知っていたのか
ギレムが最もこの惨劇に深く関与した者の一人であることは間違いない。そして、1階の若い女。彼女はなぜ、皆と一緒におらず、わざわざ2階に上がり、イスキエルド夫人の部屋に行ったのでしょう。カギのかかったドアを開けてイスキエルド夫人の部屋に警察官らが入り、警察官が噛みつかれたときにはその若い女はいませんでした。彼女はその騒ぎが起きた後にイスキエルド夫人の部屋に入ったということです。彼女はイスキエルド夫人の部屋にどんな用があったのでしょうか。少なくとも、彼女はイスキエルド夫人に何が起こったのかを知っている人間だったと思われます。そうでない限り、あの部屋へわざわざ行こうとは思わないでしょう。
その他にどこまでが、"ぐる"だったのか。まず、警察官。警察官は外に出ようとする消防士やアンヘラらを必死になって止めようとします。イスキエルド夫人の事件が起きた後でも、仲間の警察官が死にそうになっていても、外に出ようとはしません。それどころか、警察官は銃で威嚇までして、皆を外に出さないようにしようとしていました。おそらく、警察官はアパートを封鎖することまでは聞かされていました。ただし、伝染病だの、ワクチンだのという計画の詳細は知らなかったでしょう。彼らは、閉鎖したアパート内の住人を統制するために送り込まれたのです。
彼らは消防士たちよりも先に警察が到着し、既にイスキエルド夫人の部屋のドア前に張りこんでいました。ずいぶんと早い到着です。いったい誰が警察に通報したのでしょうか。消防士たちを呼んだのは老夫婦の妻です。しかし、警察を呼んだのは誰か、明らかにはされません。警察を呼んだ者がいるとすれば、その者はなぜ、救急車を呼ばないのか。イスキエルド夫人は体調が悪いだけかもしれませんし、もし、そうならば、救急搬送が必要でしょう。そもそも、警察から消防署に通報がなかったのはなぜか。
答えは一つ、誰も通報していないからです。少なくとも、警察に緊急ダイヤルを介して通報した者はいない。病院に送られたマックスの死が当局に報告された時点で、このアパートは隔離されることが既定路線になっていました。一人の検査官として途中から入ってきた男は単なる検査官ではありません。彼は、寝たきりの父を自室に残してきたというアジア系家族の妻の訴えを聞いて、「全員を下に集めろと命令したろ!」と警察官に怒鳴ります。住人は消防士たちが到着したときにはすでに階下に集められていました。
思えば、一人の老女が部屋の中で騒いでいるからと言って、アパートの全ての住人を1階に集めるのはやり過ぎです。しかも、その命令はイスキエルド夫人の部屋に入る前、彼女の状態が分かる前に出ていた。警察官が消防署に通報することなく、消防士よりも早く到着していたことも考え合わせれば、当局は最初から、アパートを隔離するつもりだったということが推測できます。消防士とともにアンヘラが駆けつけたときには既に、住民は下に集められていました。ということは、イスキエルド夫人の安否を確認する前から、このアパートの住人たちの行く末はすでに決定していたのです。

★屋根裏の子供、アンヘラを襲った女
最上階の部屋にいたのは、天井裏の子供とやたらに背の高い女でした。カメラマンのパウロは子供に顔を引っ掻かれ、女に殺されました。子供の奇声はアンヘラが暗闇へと引きずり込まれていく直前にも聞こえています。人間離れした背丈を持つ女と奇声を発する子供。彼らは何者でしょうか。
この部屋で行われていたのはワクチンの研究です。この部屋にあったのは大量の実験器具、膨大な枚数の壁に張られた写真と新聞の切り抜き、そして、キリスト像や十字架。写真は10歳前後の女の子の写真が多いようです。特徴的なのは、どの写真の女の子も、キリスト教の洗礼式の服装をしていること。さらに、いずれも目が潰されていたり、塗りつぶされたように顔の部分が黒くなっているものが散見されること。これだけの写真に同じキズが付けられているということは、この写真を見る者にその部分に対するコンプレックスがあるということが想像できます。
そして、新聞の切り抜きの記事の多くは「とりつかれた少女メデイロス」に関するものでした。そして、アンヘラの再生したテープレコーダーからは「"メデイロスの少女を殺せ"と教皇庁が」言ってきたという部分があります。そして、テープは「早く抹殺すべきだった」と続けていました。キリスト教圏でとりつかれるといえば、悪魔憑きでしょう。そして、部屋にはたくさんの十字架やキリスト像、聖人画、キリストやマリア像の写真。メデイロスの少女の切り抜きや写真が貼られた壁には、写真の上から大きな十字架がかけられていましたし、切り抜きや写真の間にもキリスト像の写真が混じって貼られています。
この部屋の持ち主が信心深い人だったとしても、あまりに多すぎます。これらは悪魔を寄せ付けないためにおかれていたのでしょう。さらに、アンヘラが再生したテープには「早く抹殺すべきだった。私が犯した大罪だ」というくだりがありました。つまり、この部屋にいた女は「悪魔にとりつかれたメデイロスの少女」であり、研究内容は悪魔憑きという病気に関するワクチン、あるいは薬の開発であったと推測できます。これらを研究していた男は教皇庁の命令があっても、少女を殺さず、しばらく研究を継続し、いよいよ追い詰められてからメデイロスを封印する決心をしたようです。

★一枚の写真
大量の写真の中で、一枚だけ、離れた場所に貼られている写真があります。入口から一つ奥の部屋の正面の壁左のほうに、左側に男と少女が2人で写る写真が貼られていました。男は黒い服、そして少女はやはり白い洗礼服を着ています。恐らく、男は研究をしていた男、そして、一緒に写るこの少女はメデイロスではないでしょうか。さらに、テープレコーダーの近くにあった赤い手帳から落ちたのは3歳に満たない幼児の写真でした。この幼児は幼いころのメデイロスかもしれない。わざわざ手帳に挟んでいたということは男と心情的に何らかの近い関係にある子供であることが推測できます。
研究をしていた男はローマ教皇庁の命令を受ける関係にありました。奥の部屋には司祭服がありました。薄汚れていますが、光沢のある生地に房のついた白い服。手前にキリスト像が置かれているところからすると、教会の儀式の際に着用する服であると推測できます。この部屋で研究していた男は聖職者、あるいは教会関係者であり、少女は教区の住民の子供、もしくは男と血縁関係にある子供ではないでしょうか。男は少女を救えると信じていたし、救うつもりで研究を続けていました。しかし、研究は失敗した。
テープレコーダーの記録によると、「酵素が突然変異」してしまったようです。そして、突然変異した酵素を含む薬を使用すると、イスキエルド夫人やジェニフェルのような症状を発症し、しかも、人に唾液により伝染していく。悪魔つきの病気を治すはずの治癒薬は、人に恐ろしい感染症を引き起こす悪魔の薬になっていた…というわけです。

★天井裏の子供
天井裏の子供はワクチンの被検体にされた子供ではないでしょうか。そして、メデイロスが異様な背丈を持っているのも、研究により開発された何らかの薬を投与されたからかもしれません。最初は少女を助けるつもりだった男の研究は多くの人間を犠牲にしました。彼の仕事はワクチンあるいは治癒薬を作るという少女とその他の人を救うことになる仕事のはずだった、しかし、今の彼はメデイロスを凶暴化させ、子供を犠牲にするだけ。
どちらが悪魔でどちらが神なのか、もう分からなくなっている。たくさんのキリスト教聖物の中に、ひときわ大きなマリア像の写真がありました。マリアの顔だけがアップして写されている大きな写真です。哀しげな眼を下に向けるマリア様は何を見ているのでしょうか。
恐らく、この写真はキリストを抱くマリア(ピエタ)の一部だと思われます。十字架に磔にされ、絶命したキリストを十字架から降ろし、膝に抱くマリア。磔にされたキリストは人間の罪を全て背負って死んだとされます。それを抱くマリアは息子を失って悲嘆する一方、人間が我が子に対してした残酷な業を赦している。マリアが示すのは愛と赦しです。
研究をしていた男は悪魔に憑かれた少女に愛情を持って接していました。しかし、救えなかった。多くのキリスト教関連の聖物のなかで、唯一の聖マリア。罪の赦しを聖マリアに乞う、男の気持ちが垣間見えるような気がします。

★人間と悪魔
男は全てを封印したつもりでした。しかし、その封印は解かれました。あるいは、失敗した。最上階に入り、ワクチンを持ち出した者によってメデイロス事件の恐怖は解き放たれました。それが誰かは分からない。少なくとも、ギレムはそのことを知っていました。
未知のワクチンを試してみたくなったのか、試す必要がある、と考えられたのか。閉じ込められたアパートで、消防士の一人は「俺たちはまるで実験動物のようだ」と銃を突きつけて脱出を防ぐ警察官に叫んでいました。
アパートの住人たちは10歳に満たない子供から70歳を超える老人まで、幅広い年代で構成されています。これは偶然だったのでしょうか。さらに、異国の地で、他に血縁のなさそうなアジア系の家族、同居の母を亡くした一人暮らしのセザール、さらに高齢の老夫婦、と他に身よりのなさそうな人々が集められている。これも偶然でしょうか。彼らは、最初からワクチンの被験体にされるため、格安の家賃でこのアパートに集められたのではないか、そう考えることすら可能です。
新しい薬を作るための壮大な人体実験。薬は悪魔を滅ぼし、人を救うために開発されていたはずなのに、いつの間にか、多くの人間たちが犠牲になる。悪魔の悪行を防ぐための必要な犠牲、とアパートの住人たちは切り捨てられてしまったのか。人間はときに傲慢です。悪魔に誘惑されなくとも、自ら悪魔の道へと堕ちることはある。人が人の道に外れるのに悪魔は必ずしも必要ではありません。怖いのは傲慢さを悪魔のせいにして自らを省みないことなのかもしれません。誰の心にも、弱さという悪魔が潜んでいるのですから。
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