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善き人のためのソナタ

映画:善き人のためのソナタ あらすじ
※レビュー部分はネタバレあり

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 東西対立の続く東ドイツ・ベルリン。ヴィースラー大尉はシュタージに所属し、精力的に仕事をこなす有能な男だった。ある日、彼はドライマンという作家の監視任務を任される。ドライマンは反体制派の作家として、かねてより当局から監視対象とされている男だった。ドライマンのアパートに盗聴器を仕掛け、出入りを監視する日々。いつも通りの手慣れた仕事のはずだった。

 しかし、ヴィースラー大尉はある日、報告書に嘘を書いた。この嘘は監視対象であるドライマンをかばうものだった。なぜ、このような行動をとったのだろう。ヴィースラー大尉の中で何かが変わりはじめていた。



【映画データ】
善き人のためのソナタ
アカデミー賞外国語映画賞受賞
2006年(日本公開2007年)・ドイツ
監督 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演 ウルリッヒ・ミューエ,マルティナ・ゲデック,
セバスチャン・コッホ,ウルリッヒ・トゥクル



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映画:善き人のためのソナタ 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり

★愛、裏切り、暗い期待

 1984年、冬のベルリン。ヴィースラー大尉は優秀な国家保安省・通称シュタージと呼ばれる東ドイツ秘密警察の優秀な役人でした。彼は、尋問のプロであるばかりでなく、後進の若者たちに大学で尋問の手法を講義する教官でもありました。

 ヴィースラーと共に学んだヴォルヴィッツはいまや、国家保安省の中佐として、ヴィースラーの上司になっています。ヴォルヴィッツの交友関係は幅広く、大臣とも関係があり、ゆくゆくは党の中央委員会に登りつめることも視野に入れていました。それに対して、ヴィースラーは社交的な人間ではないし、器用な人間でもありません。同期のヴォルヴィッツが既に中佐として彼の上司になっていることからも、ヴィースラーの不器用な性格がうかがえます。

 ヴィスラーは至って真面目で寡黙な人間でした。ヴィースラー大尉には上層部へ登りつめたいなどの野心はありません。ただ、自分の職務に忠実であること、そして東ドイツ政府を支える社会主義体制に忠実であること。彼はそれらの信条に従い、シュタージの仕事に彼なりの誇りを持って、人生を過ごしてきたのです。

 そんな彼が、ドライマンという作家の盗聴・監視任務を任されたことから人生の転機を迎えることになりました。彼はドライマンを結果的にはシュタージによる逮捕から救うことになります。職務に忠実であり、現在の国家体制に反逆する者を「社会主義の敵」と呼んでいたヴィースラーがなぜ、ドライマンを救い、自らを窮地に追い込むような真似をしたのでしょうか。そこには彼らしい、一本筋の通った選択がありました。

 ヴィースラーは真面目な性格であり、社会主義を信奉してやまず、今の国家体制に何らの疑問も抱いていません。彼の仕事の腕は一流だし、それだからこそ、今回の大仕事を任されたのです。彼は、盗聴器を仕掛けるために一昼夜ドライマンを監視し、手際良く部下を使って盗聴器を仕掛け、それからのちは、盗聴器を通した監視を続けていました。細かい点も残さず報告書に書きとめ、ヴォルヴィッツに報告しました。

 しかし、こんな彼の隙のない仕事ぶりが逆にヴォルヴィッツに深刻な問題を引き起こします。監視対象の恋人、クリスタ・マリア・ジーラントが実はヘムプフ大臣という党の実力者の愛人だったのです。クリスタは恋人のドライマンが監視される以前から国家保安省の協力者であり、ヘムプフ大臣とも関係がありました。ヴィースラーの監視によって、この関係が明るみに出ることはヴォルヴィッツにとっては死活問題です。そもそも、今回のドライマンの監視作戦自体が、ヘムプフ大臣肝いりの作戦であるし、党の要職にある人物の褒められない私生活を公に暴いても、ヴォルヴィッツの出世にとってプラスにはなりません。

 ヴォルヴィッツは「クリスタと大臣の情事は我々に有利だ。それとも不利かな ? 」とこの情報の価値を計りかねていました。確かに、この情報を秘密裏に使ってヘムプフ大臣に対する裏工作をし、政治的影響力を行使することはできるかもしれないので、ヴォルヴィッツにとっては必ずしも不要な情報ではありません。しかし、とりあえずのところ、クリスタと大臣の関係が公の報告書で暴かれるのは好ましくありませんでした。

 そこで、ヴォルヴィッツは報告書を握りつぶし、ヴィースラーにも、大臣に関する情報は文書でよこさないように、と念を押します。「私の出世、君の出世…協力しろ」と言ってヴィースラーに大臣に関する部分の情報を報告書から削除するように要求しました。

 ヴィースラーはヴォルヴィッツの態度に不信感を抱きました。彼はヴォルヴィッツに、「われらは党の盾と剣」という入党の誓いを思い出させようとしました。しかし、それに対するヴォルヴィッツの答えは「私が党に入ったのは有力者に取り入るためだ。」

 仮に、本当に「党の盾と剣」になるために入党したのであるなら、大臣が反体制派の監視対象関係者と関係を持っているという事実は報告されてしかるべき情報のはずです。しかも、それが、党の要職にある大臣であるならなおさらです。ヴィースラーはそう考えました。しかし、ヴォルヴィッツは違いました。彼は大臣を告発すれば、自分の出世の途が断たれることを危惧し、出世のため、高官を監視することはできないとヴィースラーの考えを突っぱねたのです。

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★揺らぐ心

 ヴィースラーは党のために働き、社会主義国家のために働く忠義の人でした。しかし、ヴォルヴィッツは自分の出世のために働いている。それは、自分の欲望の赴くままに行動するヘムプフ大臣も同じでした。結局、党の幹部たちは社会主義国家東ドイツのためではなく、出世や欲望を達成するために働いているという現実。

 当初の崇高な目的は人間の世俗的な欲望によって葬り去られていました。ヴィースラーは今回の任務を通して、党が民衆のためではなく、出世欲や金銭欲によって動いているという現実に目を見開かされたのです。今まで、彼は国家のためと思い、反社会主義者に対する尋問は40時間が基本と言い切って任務をこなしてきました。しかし、ヴィースラーの思惑がどうあれ、党の幹部たちは自分のことしか考えていないのではないか。

 ヴィースラーはこの現実を知ってしまったとき、自分の中で矛盾が生まれることに気が付きます。国家のためと思えばこそ、忠実に任務をこなしてきたヴィースラーでしたが、ヴォルヴィッツからは、出世のために任務を曲げることを要求されました。社会主義のためではなく、個々人の欲望のために、民衆を監視し、盗聴する。一体、自分は何をしているのか。彼は迷い始めます。

 そんなとき、再びクリスタが大臣の車でドライマンの家に帰ってきました。ヴィースラーはドアベルを鳴らし、ドライマンがクリスタと大臣の関係に気が付くように仕向けます。案の定、ドライマンは黒塗りの高級車で帰宅するクリスタを見てしまい、ヴィースラーの言う「苦い真実」を知ることになりました。

 しかし、この先の展開はヴィースラーの暗い期待を裏切るものでした。ドライマンはクリスタを責めることもなく、問い詰めもせず、ただ、彼女のそばに寄り添ったのです。ヴィースラーはこの展開に拍子抜けしてしまいます。

 監視任務の交代にやってきたライエ軍曹が見たのは、体をかしがせ、まるで眠っているような体勢で腰かけているヴィースラーでした。毎日、3分遅刻だの、4分遅刻だのとライエの勤務態度にうるさい生真面目なヴィースラー大尉らしからぬ姿でした。その夜、帰宅したヴィースラーはコール・ガールを部屋に呼びます。つかの間の快楽ののち、ヴィースラーが味わったのは人恋しさでした。

 次の監視当番のとき、彼はドライマンの部屋に忍び込むという行為に出ます。ドライマンの書斎に行き、興味深げに雑然とした机の周りを徘徊し、乱れたシーツがそのままのベッドルームに行ってベッドの端に触れてみる。そして、ヴィースラーは本を一冊持ち帰りました。

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★愛とはなにか

 ヴィースラーは愛というものを計りかねていました。恋人に裏切られたドライマンはクリスタに怒ったり、彼女を追いだしたりすることはしませんでした。ただ、2人で慰め合い、苦しむだけでした。ヴィースラーは大臣とクリスタの関係を知ったドライマンはクリスタと破局するだろうと半ば期待していました。

 それなのに、違った。ドライマンにあえて大臣とクリスタの関係を知らせたヴィースラーには愛に対する嫉妬や妬みがありました。しかし、ドライマンは黙ってクリスタを受け入れました。一方で、仕事を済ませて時間通りにさっさと帰っていく娼婦。ヴィースラーはドライマンとクリスタの間にある愛情というものが自分の考えていたものとは違うことに気が付きます。

 ヴィースラーには妻はいません。子供もいないし、およそ家族というつながりはありません。だだっ広い、綺麗に整頓された部屋に一人で住んでいます。広くて清潔なアパートメントですが、そこには生活感がなく、人間が住んでいるにおいというものがまるでありません。一方、ドライマンとクリスタが住むアパートの部屋には本やペンが書斎机に雑然と置かれ、寝室のベッドは2人が朝起きたそのままになっています。ヴィースラーの部屋とは対照的な散らかった部屋。

 しかし、そこにはヴィースラーにないものがありました。それは人間の匂い、あるいは愛。ドライマンの雑然とした机の上にあったのは、誕生日プレゼントにもらった大きな木製のサラダフォーク。ドライマンはこれを"孫の手"と呼んでいました。それと、やはりプレゼントされたペン。ドライマンはこのペンで次回作を書くつもりだと言っていました。友人からの愛、恋人クリスタからの愛。この部屋には人間がいて、人間の感情がある暮らしの匂いがする。ヴィースラーはその"匂い"にじかに触れ、人間の愛を感じたかったのです。それで、やってはいけないこと、監視対象者の部屋に忍び込み、本を一冊盗むということまでします。

 ヴィースラーはドライマンに最初、妬みに似た感情を抱き、クリスタの秘密を暴きました。しかし、それが間違っていたことを知った彼は、今度はドライマンを理解しようとし始めます。ヴィースラーはドライマンに自分にはないものを見、彼に人間的な魅力を感じるようになっていました。普段読みつけない西側の文学、そして、それに傾倒するドライマンたち芸術家というものが一体どのような考え方を持っているのか、どういう思想を持っているのか。それを知りたかった彼は本を一冊拝借したのです。

 社会主義一辺倒、それ以外の思想は劣ったものと決め付けて知ろうともしなかった人生を歩んできたヴィースラーが、かの西側文学をどう思ったのかは定かではありません。ただ、ヴォルヴィッツら党幹部の姿勢に一抹の疑念を持ち始めていた彼は、ドライマンの人生に理解を示しました。これは必ずしも、ドライマンたちの思想に対する「賛同」ではありません。ヴィースラーが西側の民主主義・自由主義思想に全面的に共鳴したわけではないでしょう。

 ただ、ヴィースラーが知ったのは、ドライマンたち芸術家仲間が、自分の理念や信念にウソをついていないということでした。これは、ヴォルヴィッツら党幹部とは対照的でした。ヴォルヴィッツら党幹部は社会主義の理想を掲げながら、裏で自己利益を図ることに汲々としています。それに比べて、自分の理想に忠実なドライマンたちはヴィースラーの目に高潔に映りました。ヴィースラー自身、社会主義国家の理想に忠実に生きてきた人間です。しかし、ヴィースラー自身の理想はヴォルヴィッツらの現実を知り、崩れかけようとしていました。

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★クリスタの死

 人間として幸せなのはヴォルヴィッツのような生き方なのか、それともドライマンか。主義主張というものは、人間の幸福を達成するための手段方法のバリエーションにすぎません。目的はあくまで、人間の幸福。主義主張のために多くの人間が不幸になるならば、その主義主張には疑いの目を向けるべきでしょう。主義主張のために人間が犠牲にされているとすれば、それはもはや目的と手段の関係を見失っていて、本末転倒の結果になっているということに気が付かねばなりません。

 ドライマンの部屋から本を失敬してから間もなく、ヴィースラーはドライマンのアパートのエレベーターで小さな男の子と同乗します。彼は男の子に「シュタージの人なの ? 」とたずねられ、さらに、「パパが(シュタージは)皆を捕まえちゃうって言ってた」と聞かされます。かつてのヴィースラーなら、男の子の父親を「社会主義の敵」として報告していたでしょう。しかし、ヴィースラーは男の子に名前を聞かず、結局見逃しました。このときに、ヴィースラーの行く道は決まりました。それは、この監視作戦からドライマンを助けるという選択でした。

 それから先、彼は部下のライエ軍曹を監視任務から外し、ドライマン監視作戦を自分の単独任務とします。報告書に虚偽の事項を記載して、ドライマンには"反体制的"な特記事項がないと報告しました。さらに、証拠品になるタイプライターを先回りして隠してしまい、ヴォルヴィッツの家宅捜索を失敗に終わらせます。

 ただ一つ、誤算だったのは、クリスタを助けられないことでした。クリスタの尋問を任されたヴィースラーはクリスタとドライマンの両方を助けようと試みます。まず、クリスタに証拠品のタイプライターの隠し場所を吐かせてクリスタを釈放しました。さらに、先回りしてタイプライターを隠し、ドライマンを救う。これで2人とも助けることができるはずでした。

 そこで、彼はクリスタの尋問の際、「ファンがいることを忘れるな」「ファンだって(舞台で)待っている」と2回ファンという言葉を繰り返しました。ファンとはかつて酒場で、一ファンとしてクリスタに話しかけたヴィースラーのこと。「ファンがいることを忘れるな」とは、ファンがステージに立つクリスタを待っているという意味と、ファンの1人であるヴィースラーがクリスタを助けるという二重の意味が含まれていました。

 クリスタが自宅に戻った後、行われたヴォルヴィッツの家宅捜索では、クリスタの自白通り、ヴォルヴィッツがタイプライターの隠し場所に手をかけます。隠し場所をクリスタが自白したことを悟ったドライマン、そしてクリスタを見るドライマンの目。クリスタは急に道路に走りだしたかと思うと、そのままトラックの前に飛び出して命を絶ってしまいました。

 これは、ドライマンのアパートの外で家宅捜索を見守っていたヴィースラーにとって青天霹靂の出来事でした。慌ててクリスタに駆け寄り、「何も償うことなんてなかったのに」とつぶやくヴィースラー。クリスタは「弱い私は償いきれない過ちを犯してしまった」と言って死んでいきます。

 タイプライターはヴィースラーが事前に持ち出していたから、隠し場所から見つかるはずはありませんでした。しかし、隠し場所にタイプライターがないとヴォルヴィッツが気が付く前にクリスタは死んだ。

 もし、タイプライターが隠し場所になかったことを知ったらクリスタは自殺することを思いとどまっていたでしょうか。

 これは疑問です。クリスタは自分の将来を悲観していました。クリスタは既に、大臣を裏切ったことで、何らかの処分を受ける可能性が高い状況にありました。ヴォルヴィッツも大臣からクリスタを処罰するように命令されていました。タイプライターが見つからず、クリスタの供述がウソだったと思われれば、虚偽の証言をした罪で再びクリスタは逮捕され、拘禁された可能性が高いでしょう。

 それに、何より、クリスタが自殺したのは、ドライマンを裏切ったから。その激しい罪悪感が彼女を自殺に導く決定打となってしまいました。クリスタはヴィースラーの尋問の真意を知った上で、タイプライターの隠し場所を自白したのかもしれません。しかし、仮にそうであったとしても、クリスタはドライマンを裏切っていました。

 クリスタの言う、「償いきれない過ち」とは、ドライマンの信頼を裏切る、という取り返しのつかない行為をしてきたことを意味します。彼女は今回の事件が起こる前から、国家保安省の情報提供者として登録しており、"マルタ"という暗号名までありました。彼女はタイプライターの件よりはるか前から、ドライマンのみならず、ドライマンの友人たち、クリスタ自身の友人たちに対しても裏切り行為を働いていたのです。

 クリスタにとって、もはやタイプライターが見つかるかどうかは問題ではありませんでした。クリスタはドライマンのみならず、愛する人たち・友人たちを裏切ってきたという、自らの行為にもはや耐えきれませんでした。

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★美しい人生

 クリスタは決して悪い人ではありません。彼女は純粋に女優の仕事を愛し、舞台に立ち続けるために、友人を裏切って情報提供者になり、時には性的な関係を利用してきました。問題なのは、そのような非人間的な行為を利用して持ちこたえる社会体制の方です。ドライマンの友人でやはり自殺したイエルスカはかつて、舞台演出で大成功を収めた演出家でした。

 しかし、彼は仕事を回されなくなり、最後は失意の中で死を選びます。彼の成功も、あるいは失意の死も、国家の力なくしてはあり得ませんでした。国家は役者を決め、演出家を決め、作家を決める。国家が選んでくれなければ、どんなに優れた才能でも、枯れ果てていく。そうならないために、クリスタは必死になっていました。それはドライマンも同じで、国家に干されないためには、どんなに気にいらなくても、政治家と付き合い、気にってもらえるように振舞うしかない。その欺瞞に気が付いたイエルスカのような人間は、成功からはじかれてしまいます。

 どんな理想を掲げるにせよ、このような事態を生じさせてしまう社会構造はどこかが歪んでいるといわざるを得ないでしょう。その歪みに目を向けるか、それとも、それを黙殺して、今ある自己の地位に安住するか。どちらを選ぶかは重い選択です。

 ドライマンも当初は、控え目でした。そんなドライマンの煮え切らない態度を友人のハウザーは語気鋭く非難しています。彼は行動しようとしないドライマンを「理想ばかり語り過ぎてお偉方と変わらない」と批判していました。消極的だったドライマンを変えたのは、友人イエルスカの死でした。

 ドライマンはそれまで、大臣とイエルスカの復帰を交渉するなどの温和な方法で彼の復帰の道を探っていましたが、彼の自殺をきっかけに行動することの必要性に目覚めていきます。ドライマンは今、もっとも東ドイツで成功している作家で、当局ともうまく折り合いをつけている作家でした。彼は今の地位に固執して、危険な橋を渡らないという選択もできたでしょう。しかし、彼は東ドイツの自殺者を告発する記事をシュピーゲル誌に掲載し、現体制に逆らう意思を明らかにする道を選びました。

 ヴィースラー大尉も、現在の地位が安定しているという点ではドライマンと同じでした。国家保安省でその道のプロとしてそれなりの評価を得ていた彼は、ヴォルヴィッツの命令に黙って服従していれば、出世することも可能でしたし、今と変わらぬ生活をすることもできたでしょう。しかし、彼は自ら考え、行動することを選択します。

 何かがおかしいと感じたときに、その違和感を黙殺するか、それとも、自分の考える途を歩むか。人間は多かれ少なかれ、人生の中で岐路に立たされるときがあるはずです。しかし、その選択に直面したときに、自分の考える正しい選択をすることは難しい。流れに乗って、見なかったことにする方が楽だし、安全なように思えます。

 人はこうありたいと願う理想の姿を誰しもが心に抱いているものです。若いときならなおさらでしょう。将来こうなりたい、ああなりたいと、何らかの理想像を持っているものです。しかし、人はこうありたいと思っても、願っても、誓っても、当座の利害という激流に流されてしまうもの。選択のときが近づいたとき、正しい選択をするには、決断と勇気、そして重い一歩を踏み出す行動力が必要になってきます。

 ドライマンにとっての一歩とはハウザーのもとへ赴くことであり、ヴィースラー大尉にとっての一歩とは小さな男の子の父親を見逃すということでした。その代償は大きく、ドライマンはクリスタを失い、ヴィースラー大尉は閑職へと追いやられてしまいます。その代償を引き受ける勇気があるだろうか。"正しい選択"をすることはこうも難しいものなのです。

 胸を張って生きることのできる人生を歩むのは困難なことですが、自分に恥じない選択をすることは、自分の人生に対する誇りを得るということです。

 ベルリンの壁崩壊から2年後、ヴィースラーは小さなキャリーを引いて落書きだらけのアパートからアパートへと回り、ポストにチラシを投函する仕事をしています。かつて、人々を尋問し、大学で教鞭を取っていたころのヴィースラーからは考えられないような仕事です。役人だったころに住んでいたアパートは国家保安省の幹部が住んでいた官舎ですから、引き払わねばならなかったでしょうし、チラシ配りの給料では決して生活は楽ではないでしょう。

 それから、さらに2年、ベルリンの壁の崩壊からは4年後、やはりチラシ配りの仕事を続けているヴィースラーは書店のショーウィンドウにでかでかと張り出されたドライマンのポスターに目をとめます。ドライマンの新刊「善き人のためのソナタ」の発売でした。一ページづつ、ページをめくるヴィースラー。彼は、"感謝をこめて HGW XX7に捧げる"という短い献辞を目にします。

 ドライマンは直接にヴィースラーと話すことはありませんでした。彼は車でヴィースラーを追い、車から降りますが、彼が見たのはアパートからアパートへとチラシを配って歩くヴィースラーの姿。ドライマンは声をかけるのをためらいます。そこには、かつての監視対象者と監視者の壁、そして、かつて市民から恐れられたシュタージの幹部であったヴィースラーが現在の暮らしに身を落としていることへの配慮があったのでしょう。ドライマンの感謝の気持ちを伝えるために一番いい方法は、ドライマン自身の手で、本にヴィースラーという「善き人」の話を綴ること。

 ギフト用に包みましょうかと声をかける若い店員に、「私のための本だ」と言ったときのヴィースラー大尉のあの表情は全てを物語っています。ドライマン事件の後、彼の人生は苦難の連続だったでしょう。しかし、良心に従い、行動したあのときの選択はやはり正しかった。長き人生をどう生きるか。多くの犠牲を払うとしても、真を叫ぶ心の声に従う覚悟はあるか。人の真価はその選択のときに試されます。ヴィースラーは「善き人」でした。美しい人生を生きることができるか否か。その選択は自分次第なのです。

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★シュタージとは

 1949年にドイツ民主共和国(東ドイツ)が建国され、1950年には国家保安省(シュタージ)が創設された。東ドイツ建国以前から、ソ連占領軍当局によって秘密警察組織が創設されており、その前身はナチス=ドイツ時代のゲシュタポや親衛隊情報部(SD)にあるとも言われている。

 シュタージは反体制派弾圧・監視をする秘密警察機関であり、西ドイツ工作を行う対外諜報機関でもある。内政・外政の双方を担当する国家機関で、1989年のベルリンの壁崩壊時には9万1千人の正規職員を抱えていた。ちなみに、ナチス=ドイツのゲシュタポの職員数は約7千人規模だった。

 しかも、このほかにIM(Inoffizieller Mitarbeiter)と呼ばれる要員、いわゆる協力者・密告者を17万4千人擁していた。人口1600万人余りの国に26万4千人もの監視員がいるのだ。仮に人口1700万人で計算すると、国民100人当たりにつき、1人以上はシュタージ関係者がいることになる。

 さらに、東ドイツが消滅するまでに、一度でもIMとして登録された市民の数は60万人もいた。「善き人のためのソナタ」のヴィースラー大尉を演じたウルリッヒ・ミューエの妻も元IMであり、夫のミューエを監視・報告していたと言われている。(妻自身はシュタージ職員に利用されただけだと言明。)

 シュタージ内では陸軍の階級に準じた階級制度が採用され、正規職員は陸軍の軍服に酷似した制服を着用した。ヴォルヴィッツの階級は中佐であり、ヴィースラーの階級は大尉である。また、2人とも軍服を着ているシーンが出てくる。

 1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊し、12月にはシュタージ(国家保安省)は解散された。1990年に東西ドイツが統一されて以後、91年から一般市民のシュタージ機密文書の閲覧が可能になった。シュタージ・アーカイブという文書館が解説されており、2009年5月末までの統計で160万人の市民が閲覧申請をしている。

 この閲覧申請ができるのは本人のみ。過去の自分の監視記録を調べることができる半面、友人や同僚家族がシュタージの協力者・密告者であることが発覚することが少なくない。また、シュタージのスパイであったことを自ら告白した人は数千人に達している(2009年5月28日付AFP通信)。

 現在は国家保安省(シュタージ)が当時入っていた建物がシュタージ博物館として開放されており、秘密警察に関する展示物を見ることができる。

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All movie pictures in this article belong to Sony Pictures Classics.
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